ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

浄聖院様の寺報『こころみ 第26号』

f:id:oldmanbuddhist:20200607062939j:plain

f:id:oldmanbuddhist:20200607063003j:plain

 

 

 

新潟にもスリランカの方が作ったお寺が新潟にあります。

 

最近、コロナの影響で閉鎖状態です。

下記のお寺です。

f:id:oldmanbuddhist:20200607063552j:plain

 

 

以前、お寺が開いていた頃。

 

土曜日とか日曜日、もしくは法要のある日、スリランカのみなさまが、食べ物とか、いろいろなものを持ち寄ってました。

 

私はよくお花を買って、持っていきました。

「お釈迦様にはお花でしょう」という勝手な思い込みからです。

 

はなやかで、きれいですし。

 

 

献花については前にも書いてましたね。

www.jataka.info

 

 

で、献花のときに、あるスリランカの女性の方に言われたんですよ。

 

「必ず萎れ枯れるこの供華(花)のごとく

我が肉体もまた滅びゆくものなり」

 

はっきり覚えてないのですが、上記のようなことをおしゃってました。

 

彼女は献花のたびに、これを想うとのことでした。

 

 

齢をとると、体も思うようにならなくなります。

思うようにならなくなっても、心の安穏を乱すこととは離れていたいです。

 

 

 

お花はきれいで、気持ちもはなやかになりますけど、こころの乱れた状態から離れようと思う自分への戒めにもなりますね。