ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

苦しみが苦しみをよぶ 『ブッダの教え一日一話』

引用

悪いことをする人は、悪い行為をする前から、悩み苦しんでいるのです。

中略

たとえ悪事がバレなかったとしても、自分自身が受ける苦しみ(悪業)からは、けっして逃れることはできません。

 

 

私見です

 

生きることは苦なのに、悪いことをして、さらに苦の上塗りをする。

 

で、過去も苦しんできたのに、今も苦しみ、未来も苦しむ。

 

悪事をすると「悪業」が、死んだあとでもついて回るのにねえ。

 

 

 

業についての質疑応答があります、わかりやすいです。

j-theravada.net

 

 

ちょっと引用

原因をつくるのは自分の意志だから、自由です。結果は自由ではありません。殴られたら痛くなるのは避けられない。そこで怒るか、忍耐するか、何とも思わないか、そこは選ぶことができます。自分が選んだ行動には必ず結果がついてきます。善行為と不善行為はシンプルに理解できます。罪の原因は貪瞋痴、徳の原因は不貪不瞋不痴。それ以外は何もないのです。

 

 

自分の好き勝手な行為や意思で、業はできてしまいます、業は自分に対して結果を出しにきます、結果は自分の自由にならないし、予測も不可能です。

 

悪業の原因は貪瞋痴、善業の原因は不貪不瞋不痴。

 

善いことをするのも大事ですが、せめて仏教で説いている「悪いこと」

 

シンプルに「悪いことはしない」が大事なのではないでしょうか。

 

 

 

 

業の話は怖いと思ってます

業の話があったテキストです。