ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

妄想が退くと幸福があらわれる 『ブッダの教え一日一話』

引用

過去をさまようのではなく、いまに気づきながら、現在を生きることです、そうすれば、困ったり悩んだりすることにはなりません。

中略

「いまを生きる」ならば、その瞬間から、人は幸福になっているのです。

 

私見です

 

徹底的に妄想の話が続きますね。

 

「過去をさまよう」とは、貪瞋痴に塗れた状態を言うのでしょうね。

貪瞋痴が今やるべきことを邪魔するのでしょうね。

 

 

妄想が悪いのはわかります、というか、わかった気になってます。

 

貪瞋痴が悪いのはわかります、というか、わかった気になってます。

 

「いまを生きる」というも大切だとわかります、というか、わかった気になってます。

 

 

なぜ「いまを生きる」は大事なことなんでしょうか?

私なんか、ついつい「明日があるさ」「明日やれば」・・・です。

 

 

 

『ブッダの教え一日一話』の副読本みたいになってる下記の本より

「今」の大切を説いてます。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え

 

 

210話より

私たちは「明日がある」と言って、やるべきことを今日やらないで後回しにすることがよくあります。

「明日はどうでもいい。今日楽しければ充分だ」と思う感情は仏教的ではありません。

なぜ「明日があるさ」も「今日だけよければいい」というのも仏教的ではないのでしょうか?

それは因果法則を否定する無智な思考だからです。 

 

「今」をしっかりやれば、「今の次の結果」は良いかも、です。

「今の次の結果」の「原因」は「今」です。

 

ですから「今」をしっかりやらないということは「今の次」がうまくいかない、ということです。

 

「明日があるさ」と言っている君は、テーラワーダ仏教徒のくせに因果法則も知らんのか!という話になります。

 

私は、ふだんの生活で自覚なく因果法則を否定して生きている、ということになります。

かなりヤバイ、です。

 

狡猾な貪瞋痴にやられっぱなしだと、自覚のないままお釈迦様の教えを否定する生き方に陥ってる、ということでしょうか。

 

 

 

かなりヤバイことを教えてくれる本です。