ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

お金がほしい、売上がほしい 『ブッダの教え一日一話』

引用

世の中が自然を破壊したりして狂っているのは、ただ単に「お金がほしい」「売上がほしい」という心が暴走するからです。それは恐ろしい病気なのです。

 

私見です。

 

 

もともと「お金と売上」は結果の話です、まっとうな仕事、まっとうな経済活動の結果です。そういう場合はどうどうと得てもよいのでは。

 

でも、ここに、貪瞋痴か絡むと、おかしな話になるんでしょうね。

 

例えば、政府がゴートゥートラベルキャンペーンを始めました、新型コロナウイルスを広げる懸念がりますが、行うようです。

 

これは、貪瞋痴に追われる「お金と売上」なんでしょうね。

 

本当は、安全を確保してからの「お金と売上」なんでしょうけど、政府は心が暴走して病気状態なのでしょうか。貪瞋痴から来る「お金と売上」の言いなりになってしまいました。

 

不安のまま「お金と売上」を行う行為はいかんなあ。

 

 

 

話は変わります。

 

仕事柄、営業をしてますので、最終的な仕事の評価として、お金と売上を見られます。

 

若い頃は、焦ったり、けっこう貪瞋痴にまみれて追われてました、数字に一喜一憂して。

 

仕事は大事ですけど、貪瞋痴で心を汚すのはバカらしいです。

 

仕事は決めたことを淡々とやっていけばいいわけで、お金と売上は単純にその結果です、貪瞋痴に侵された目でお金と売上を見ると、エンドレスの悩みにはまりそうです。

 

まあ、歳をとって擦れたせいもありますけど、仕事にいちいち一喜一憂することが少なくなりました。

 

 

先生の法話

「与えるものは最大に、得るものは適量に」

j-theravada.net

 

放逸な私もたまに陥ってしまいます。

「与えるものは最小に、得るものは最大に」

仏教を知らなくても精神衛生上悪そうです、心に悪そうな行為ですね。

 

 

下記は仏教徒のお金の管理のしかたについて。

j-theravada.net

 

 

 

 

貪瞋痴からなるべく離れて「お金と売上」の仕事をするよう努力です、なぜなら自分のこころに悪いことはしたくないですから。

 

 

 

テキストは昨日から「智慧」を離れました、次はどこに行くのでしょうか。