ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

何かをしなければという思い 『ブッダの教え一日一話』

引用

生命は目的もなく走り続けています。

いつも何かを探し、いつも走り回っているのです。何もしないでいると苦しいからです。

不安と苦しみのため、「何かをしなければならないと」と、焦っていろいろなことをやっているのです。

これが生命というものの本質です。

 

私見です。

上記はまだソフトな表現です。

なぜ不安と苦しみのため走り回ってるのか?

なに、焦っているのか?

で、死んでも輪廻しますので、これはずっと続きます、死んでも終わりではありません。

 

エンドレスに走り回っているのですね。

 

なぜ?

 

バカだからです。

 

下記の本より引用

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え

 

 

 

引用します

249話

バカだから生まれた

 

「なぜ生まれてきたのか?」という問いへの仏教の答えは、「バカだから生まれてきた」です。我々は言わないだけで、経典にはそういう答えがはっきり書いてあります。なぜ私たちはこの世の生まれてきたのかというと、「お前はバカだから」なのです。無智で無明で、ロクでもない心があったから生まれたのだということです。なにか計画があって生まれたわけではないのです。経典には、お釈迦様の言葉で「無明と渇愛に覆われている生命は限りなく輪廻転生するのだ」と記されています。これを聞けば乱暴な言葉には聞こえないでしょう?では、これをわかりやすい単語に置き換えたらどうなるか?はっきり言えば、「バカだから生まれている」ということなのです。

 

こういうストレートな表現、好きです。

 

ということは、仏教の修行、実践は「バカの克服」にある、ということですね。

 

今、生きている状態もバカ、死んで生まれ変わってもバカ、これをくりかえすバカ。

 

こういうバカな状態が嫌で嫌でしょうがない

 

こういった「エンドレスばか」に終止符を打つために努力するのが仏教徒と、ということで。

 

 

「エンドレスばか」を教えてくれる本です。