ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

日々学ぶ人 『ブッダの教え一日一話』

短いので全文引用

人に何かを言われて、腹が立つのは、「自分が正しい」と思っているからです。

「私は知らない」と思えば、「これはどうやるのでしょうか。教えてください」と訊くことができます。するとみんな親切に教えてくれます。

「自分は未熟だ、知らないのだ」ということに気がついている人は、日々学びます。

人間関係も円滑になっていきます。

 

バリバリの私見で読んでみます。

 

自分が正しいというのは、自分の考え(アイデア)に固執してるということです。

 

先生の言うとおり人間のやることに絶対はありませんから、自分の考えが絶対に正しい、ということはあり得ない。

 

シャバでは、その時々にやらなければならないことをやっているだけです。

 

その時々に、自分の考えが合うシチュエーションがあるかもしれないし、自分以外の誰かが考えたアイデアが合う場合もあるでしょう。

 

単純にアイデアの話です、いいアイデアは採用すればいいだけの話です。

 

自分のアイデアに固執すると、それは理性の世界ではありませんね。

なぜ、自分のアイデアに固執するんでしょう。

「自分が正しい」と思っているからでしょう。

なぜ「自分が正しい」と思うのでしょう。

自我の話ですね。

 

 

今の言葉で言えば「自己中」と言うのでしょうか?

 

すみませんが、話は変わります。

 

「自己中」とは、「自己中心的」という意味だったのですね。

 

今日の今日まで、「自己中毒」の意味かと思っていました。

 

でも、自我に覆われている状態は、ある意味、自分で自分を毒しているんでしょうね、自己中毒の状態だと、理性的にアイデアの判断もできないし、人間関係もつまずきそうです。

 

 

油断しているとすぐに罹ってしまう「自己中毒」を解毒する方法は、これまでたくさん書いてきたので、ここでは書きません。

 

まずは、自己中を解毒して、「日々学ぶ人」に近づかないと、ですね。

 

 

いつも自分で自分を毒してますよ、と教えてくれる本です。