ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

解決できないことは何ひとつない 『ブッダの教え一日一話』

引用

自分という主観を消してみれば、ものごとが客観的にみえてくるのです。

そこにあるのは、ただ行為だけですから、なんのことなく整理整頓できます。

 

私見です

 

忙しくて、時間がなく、物事に追われる生きかたですね。

 

ふだんの生活では、こればっかりやってます。

 

下記の本を連想しました。

 

 

 

128ページ

「時間に追われる」のは間違った生き方。

要約です

人間はある意味、機械ですから、時間内にできることは限られています。

ですから、こなせることができない仕事を引き受けてしまったら、できるわけないです。で、機械といっても成長する生体機械ですから、経験を積むと出来る量も増えてくる、でも、雇う側が達成できないノルマを押し付けると、やる気も失うし、生体機械も退化してしまう。

「あれもやりたい、これもやりたい」と考える、結局それは妄想です、それらを全部する時間は存在しないのです。

 

時間が有限なことを考えないで、「あれもやりたい」とか「やらなくてはいけない」とか、雇用主から「やれ!」とか、けっこう妄想の火種を抱えながら生活してます。

 

で、やってしまうと、時間が足りるわけないですから、「忙しいという妄想」に追い回されることになるんですね、ずばり妄想は主観でもあります。

 

「時間は有限」、「自分の能力」を冷静に理性的に考えて、やるべき物事を整理する、ということなんでしょうね。

 

整理整頓した物事に取り組んで、終了したら、それが問題解決、ということなんでしょうね。

 

頭の中、整理整頓を、と教えてくれる本です。