ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

よくなろとすると悪くなる 『ブッダの教え一日一話』

引用

自分を価値判断しながら、よい人間になろうとすると、うまくいきません。

自分の主観で自分を判断するのですから、客観的ではありません。まず間違えます、そして自己嫌悪に陥ったり、傲慢になったりします。

 

 

バリバリの闇の中にいる私の私見です。

 

今月のパティパダー

 

 

巻頭法話に「闇と光」とあります。

 

先生の一般向けに出版している本は、ソフトな語り口で、平易な感じですけど、パティパダーは、オブラート無しです、苦い薬を飲んでいる感じがするかもしれません。

 

この「闇と光」は、あまり仏教を知らない方が読んだら、けっこうプライドが傷つくかもしれません、ガックリくるかもしれません。

 

 

今日の法話と絡めて言うと、

 

自分の主観で自分を判断するということは、無明という暗闇の中にいる状態。

 

科学は発展して、暗闇の部分も少しは薄くなりますが完全ではありません。

 

未だに議論・信仰・迷信に頼って生きている。

 

で、仏教徒は戒律を守ろうとしますけど、それは誰でもできるので、それほど価値はありません。

 

ずっと、暗闇にいるんですから、何やっても良くなるわけないですね。

 

と、書くと、仏教は「虚無主義」だとか誤解に陥りそうです。

でも「光」の存在も述べていますので、虚無主義ではありません。

 

 

法話のポイントです

●無明は闇です。智慧は光です

●すべての生命は闇に住んでいます

●無明がある人に限って悩み苦しみが続くがあるのです

●ブッダは人に智慧の眼を開く方法を教えます

●人は自分で闇を破らなくてはいけないのです

 

良くなろうと思ったら闇を破ることに挑戦しましょう、そのための方法は・・・パティパダーをお読みください。