ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

正解はたったひとつ 『ブッダの教え一日一話』

引用

主観で、ものごとを解決しようと思っても、できません。

ひとつの問題について、一人ひとりが主観的な解決策を持っています。けれどもひとつの問題に無数の答えがあるはずはありません。

正解はたったひとつです。

 

私見です。

いまだに正解を見いだせない生活をしてます。

自分では正解だと思っても、他の意見が出てきたり、時間が経つと状況が変わったり、そのときは正解だと思っても、いろいろと違ってきます、その時点で不正解ということですね。

 

主観があるということは、最初から「私の〇〇〇」ということなのでしょう。

で、他の方から、「私の〇〇〇」へ意見されたり、他の意見が出されると、なぜかちょっと不愉快な気持ちになったりする、ということは「自分が正しい」と思っていたのでしょうね。

 

毎日、正解から遠いです。

 

昨日の続きになりますけど、いつもエサ付きのものごとにひっかかる。

エサ付きの色・声・香・味・触・法、ですね。

 

ほんとうはエサなんて付いてないのでしょうけど、自分好みの、もしくは好みでもないエサがあると思ってしまうのでしょうね。

 

ほんとうはエサなんてないのに、無いエサをあると錯覚して、錯覚したエサが主観を生じるきっかけになってんでしょうね。

 

もともとに認識に誤りが生じているので、問題解決はできるわけないですね。

 

と、ここまで書いて思ったのですが、これって「自作自演の一人芝居じゃん」

 

主観に囚われた状態って「自作自演」ですよ。

 

と、ここまで書いて下記の動画を思い出しました。

 

 

いつも不正解の日常ですが、せめて自分の自作自演には気づきたいです。

自作自演を指摘する本です。