引用
智慧とは、どんなときにあらわれるのでしょうか。
主観を破られたところに、智慧があるのです。
何かの見解、尺度、見方、立場などがなく、心が解放された状態なのです。
バリバリの私見です。
これは多分、覚った状態ですね。
智慧があらわれる、主観を破る。
4段階のうちの、一番目に達したのかもしれません。
一番目に達したら、日常生活の些細な問題も、智慧でバリバリ正解を出していくのでしょうか?
そのあたりは気になります。
気になるので質問してみようと思います。
質問の内容は
先生の著書『ブッダの教え一日一話』の8月11日の項に「主観を破ったところに智慧があらわれる」とありますが、これはズバリ覚った状態なのでしょうか?
それは一段階目の預流果で、もうあらわれるのでしょうか?
そして「主観を破ったところに智慧があらわれた人」は、日常生活の些細な問題でも一発で正解を出し、解決していくのでしょうか?
3つも質問してますね、欲張りです、すみません。
で、未だに覚ったという自覚は無いので、先日書いた「如理作意」なら、頭の中で確認しながらできそうです。正解には至らないかもしれませんが、日常生活の大きな失敗は防げるかもしれません。
「因果法則に則って論理的に観察する」
大事な単語は
理性的
論理的
客観的
冷静沈着
因果法則
観察
「質問」のきっかけになった本です。
わからないことがあったら放っとかず質問を。