ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

最後は人格者として死ぬ 『ブッダの教え一日一話』

引用

何を学んでも人は歳をとって死ぬわけです。と言っても、ただ楽しいだけの学びでは、結局、もったいない。

生きる支えにならないものは、学ぶ必要はありません。

 

私見です。

 

私、今死んだらヤバイです。

人格向上の自覚がないです。

 

引用に「生きる支え」とありますが、お金を稼いで生きていくとか、うまく仕事をするとか、家庭円満の方法とか、人間関係がうまくいくとか、そんなライフハック的なものではないと思います。

 

人格とは何か?ですね。

下記に人格形成には環境が大事だと、いう話があります。

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でも、良い環境ばかりではありませんね、仏教でいう善から遠い環境もあるでしょう、そんなときはどうすれば?です。

 

そんなときでも、人格向上への実践は続けなくては、です。

 

環境に恵まれなくても、経典とか本とか、お釈迦様の教えに接することができる、少しでも教えを実践できる、なら、かなり困難な道かと思いますけど、最悪は避けることができそうです。

 

 

バリバリの私見ですけど。

人格向上を目指すには、注意深く不善をしない、避けることが大事ではないでしょうか。

 

日常生活では、知らぬまにけっこう不善行為をやってます。

 

不善を遠ざけるヒントが下記にあります。

 

j-theravada.net

 

引用です

無知なる人には自分の生き方、自分の行動は、正しいかどうかわからないのです。人の行動は貪瞋痴(貪りと怒りと無知)に基づいていますから、一般的には人が正しいと考え行なっている行動のほとんどが不善な行動になってしまいます。不善な行動は不幸な結果を生みだします。悩むことなく困るべき問題もなく、ストレスもたまることなく幸福に生きていられるということは、事実上至難の業で、不可能なことになっています。それは、一切の行動にもとづく貪瞋痴の結果です。結局は、普通の人(無知な人)が自分のため、他人のためだと正直に思って行なっている行動は、反対の結果を生みだします。言い替えれば自分が自分の敵として行動することになります。もし我々が本当に自分のため、他人のために生きているならば何も問題は起らないはずです。実際には、私達はありとあらゆる悩み苦しみを作っているだけではないでしょうか。その上、周りの人々にも、社会のなかでもいろんな問題を作っているのです。その衝動は貪瞋痴ですから、やむをえない結果です。無知な人の行動は、自分自身を自分の敵に回していることになってしまいます。

「あさはかな愚人どもは、自己に対して仇に対するようにふるまう。悪い行ないをして、にがい木の実を結ぶ」(Dh.66)

自分と他人を守りながら、幸福になりたいと思うならば、本来の感情の衝動で行動を起すことをやめたほうが正しいと思います。行動を起す前に、その行動によってわずかでもあとで後悔することになると思うならば、そういう行動はすぐやめることです。結果も良くて後で思い出すときでも良かったと思える行動だけを確実に行なうことです。

「もしもある行為をした後に、それを後悔して顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない」(Dh.67)

「もしもある行為をした後に、それを後悔しないでうれしく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い」(Dh.68)

感情と無知から生まれた知識に基づいて人は生きていますから、悩み苦しみのない幸福な社会というのは、かつてもなかったし今もないし、これからも現われることはありません。人は、そのときそのとき楽しいことをしていると思って後のことをあまり気にせず行動します。それで自分の人生は幸福だと思っています。残念ながら、その生き方の結果は後になって現われます。ストレスや精神的身体的悩み、社会的な問題が現われてからではもうほとんど手遅れ状態です。ですから人の行動に関わる問題をよく理解しておきましょう。それは、行動を起すときはそれ自体がとても楽しいと、正しいと、やりやすいと、感じてしまうことです。あえていえば、悪いことはとてもやりやすく楽しいのです。自分と他人のためになることは、その場では楽しく面白く感じないのです。

 

もともと無知なのにうまくいくわけない。

やることなすこと不善です。

不善の見分け方は

「もしもある行為をした後に、それを後悔して顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない」(Dh.67)

 

ヤバイ、今死んだら、後悔して泣きます。

 

だから人格向上を目指すなら

「もしもある行為をした後に、それを後悔しないでうれしく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い」(Dh.68)

なんでしょうね、これの積み重ねなんでしょうね。

 

で、日常生活の不善を避けるヒントです。

それは、行動を起すときはそれ自体がとても楽しいと、正しいと、やりやすいと、感じてしまうことです。あえていえば、悪いことはとてもやりやすく楽しいのです。自分と他人のためになることは、その場では楽しく面白く感じないのです。

 

他にも人格向上を目指す道はあるのでしょうけど、私は上記を選びました。

 

 

みっちり勉強させる本です。