ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

世の中は問題ばかりと言う人 『ブッダの教え一日一話』

引用

「世の中は問題ばかりだ・・・」と言って困った顔をする人がいます。

しかし、この世の中で問題にならないものが、何ひとつとしてあるのでしょうか。

よく見てみると、私もあなたも、かなり問題です。

 

えーと私見です。

 

話は、ずれるかもしれません。

 

世の中を見回すとけっこう問題だらけで、自分の力ではどうにもならない管轄外の事象を「問題だ」と言いがちです。

もしかしたら、自分だけが「問題」だと思っていて、他の方はそう思ってないかもしれない。

 

で、自分なりにその事象を「問題」だと認識して解決というか、その問題に備えることがあるかもしれません。

 

で、問題に備えるひとつのやり方として「ためる」というのがありますね。

「備蓄」ですね。

 

目的、数量、期間をはっきりさせて計画的に行うのが本来の備蓄なんでしょうね。

それ以外は「ためこみ」じゃないでしょうか。

 

話はずれてきます。

 

このお盆は大事をとって帰省しませんでしたが、実家に顔を出すたびにいろいろなものが捨てずにためこんであって、ちょっと暗い気分になります。

 

親は戦前生まれで、苦労してきたのでしょう。

 

将来、起こる問題について備えているのかもしれません。

 

でも、もう備蓄ではないなあ。

 

まあ溜め込んだものは親のモノなので、こちらでは好きにはできませんけど。

 

実家を見て下記の話を思い出しました。

toyokeizai.net

 

 

もしかしたら問題に備えて備蓄のつもりが

 

いつのまにか「ためこみ」になり

 

ためこんだものに執着すると捨てれなくなります

 

で、執着だと、すでに心の問題になってます

 

で、もっと悪いのは「心のためこみ」です。

場所を取らないので無限に溜めれそうです。

 

ヤバイ、もっと話がずれてきました。

 

「むかし誰々にやなことされた」とか

恨み憎しみは、けっこう長い期間、大事にためこんでます。

 

以前、書いてましたね。

www.jataka.info

 

 

問題に備えて理性的に備蓄するのはいいことですけど、

それ以外はゴミだし、悪感情もゴミだということで。

 

問題が問題を生む一例でした。

 

もしくは、ゴミがゴミを生む一例でした。