ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

自分はろくでもない 『ブッダの教え一日一話』

引用

「人間はすばらしい、尊い」という考え方よりも、「私たち人間は、ろくでもない」というところから始まったほうがいいのです。

「だらしなくて情けない人間である」という認識でいないと、人間はどんどん傲慢になっていって、平気で他の権利やいのちを奪います。

「本来、自分は情けないものなのだ」と認識する人は、日々、よい人間になろうとするのです。

 

私見です。

 

これって、「日常生活では謙遜とか、へりくだっていなさい」とか、間違ってもそういった意味ではないです。

 

人間はマジで情けない、とおっしゃっているのです。

 

 

やっぱり下記の本になります。

なんだか副読本みたいに使っています。 

 

 

ちょっと抜粋引用します。

186~187ページ

 

本来、心は正しいものではない

 

心というのは基本的には「無知」という感情で機能しえいるのです。「知らない」ということで動いているのです。

 

無知は怒りと欲です。強者ではなく弱者。

 

弱者たる心で自分を管理しているから、人生は納得いかないのです

 

で、どうすればいいか

 

引用続きます

 

心の悪を発見することです

 

世間では、逆を教える場合が多いのです。みんな自分の善を発見しようとしているでしょう、よい点ばかりをアピールしている人が多いのです。

私からすれば、逆を教えてほしいと思います「私はこういう悪いことをしている」と認識してほしいのです。

 

 

心は本来、悪だから、本当はあっというまに悪を羅列できますけど、でも、心のだまし機能にやられているので、見つける気も起こらないし、むしろ自覚することなく「自分は善い人間だ」と思っているパターンが多いかもしれません。

 

悪を見つけられなければ、日常生活で問題を起こし続けるので、やっぱり「自分はろくでもない」と思ったほうが少しは安全運転ができそうです。

 

 

悪を見つけて心を洗う方法は本書をお読みください。

 

 

 

副読本を呼ぶ本です。