ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

願いをもつよりも大切なこと 『ブッダの教え一日一話』

引用

未来の願いを持つよりも、「いまの自分は何ができるか」を考えたほうがいい。

「いまの自分を、どう向上させていくか」が大切です。

 

いつもながら勝手な私見です。

 

一日一話 10月15日の文章です。

「願いとして持つべきもの」

引用です

私たちが願いとして持つべきものがあるとすれば、それは、「人格の向上」です。

どんなことがあっても、その都度、この経験から何を学べるのかと、人格向上に努めるのです。

 

 

 

人生の目的、願い、道徳、人格向上、これらについてかなり深く説明した法話があります、下記です。

j-theravada.net

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人生の目的②より気になる部分を引用

感情的に生きる道を人格完成の道に変えることは大変なことです。それを実行するには、常に自分に気づいていることが必要になってきます。言いかえれば、いつも目覚めている状態を保つことが必要なのです。

 

「自分に気づく」

これなんでしょうね、第一歩は。

簡単に書いてありますけど、強烈な難しさを感じています。

 

 

で、気になる部分もうひとつ

感情的な生き方では、欲、怒り、嫉妬、高慢、わがままが生まれる、心の狭い人間になる、協調性を失う、人間として堕落する、そして最終的には不幸になるし、生きることが無意味にもなるのです。学ぶことというのは嫉妬、怒りなどのかわりに慈しみの精神、欲のかわりに無執着の心を持つ、そしておおらかな人間になり、よく物事を理解できるようになる、何が起ころうが混乱しない精神的安定、平安が生まれる…そのように徐々に人格を向上させていくということです。つまり何をしても生きることそのものを成長の道とすることです。そこまでが人生のリハーサルなのです。

 

 「今、ここ」の自分に気づき、それを成長の糧にする、ということなのでしょうか。

 

で、そこまでが「人生のリハーサル」とあります。

 

ヤバイです、私自身、リハーサルにたどり着いた、という実感がいまだにありません。

 

リハーサルがあるということは「本番」があるということです。

 

 

 

まだ、リハーサルもしてませんよ、と教えてくれる本です。