ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

いま何をやっているか 『ブッダの教え一日一話』

 引用です

「行為」と「結果」は、宇宙の法則です。

「行為」が先で、「結果」は後に出ます。

「いま」というのは、いつでも「過去」の結果です。

それは、すでに結果が出てしまったことです。だから悩む必要がないのです。

いま何をやっているかによって、次の結果が出ます。

つねに「いま」、いいことをやっておけば、次はいい結果が出るのです。

 

私見です。

 

全部引用してしまいました。

 

出てしまった結果には悩む必要がないのですね。

でも、日常生活では、行為の結果を悔んだりしてます。

悔やむということは、自分の思った通りの結果になっていない、ということです。

ってことは、その過去の行為でいまひとつのことをやってしまったのでしょうね。

なぜ、いまひとつのことをやってしまったのか?

 

そのときは「悪い結果になる」なんて自覚がないのかもしれません。

 

なぜか?

 

因果法則を知らなかったからでしょう。

 

なぜ因果法則を知らない、もしくは無視する?

 

貪瞋痴にまみれたおバカさんだから・・・。

 

 

で、先生の因果法則のお話がみっちりとあります。

j-theravada.net

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気になる部分です。

瞑想実践での因果説

今日から皆さんが瞑想されるときは、神秘体験やなにか知らなかったような体験を求めるのではなくて、原因と結果というものを観て、感じて欲しいのです。私がいただいた手紙の中でも、瞑想がなかなかできないとか、そのような話も多くあります。瞑想で一朝一夕に大きな精神的な変化を見ることは、私たちにはできないかもしれません。みんな、生きるために仕事や生活がありますからね。変化や成長をあまり気になさらず、原因と結果を考えましょう。たとえば足が痛くなったら、このような形で座っているから足が痛い。痛いから私には「嫌だ」という気持ちが生まれた。眠くなったら、今、眠くなったと認識し、その原因はこうである、というふうに原因と結果を考えてみましょう。あるいは、頭の中にいろいろなことが思い浮かんでしまう人は、他の対象が頭に入ってきた、頭がそちらに行ってしまった…。そのように、瞑想の途中で、AがあるからBがある、Aが生じるときBが生じる、AがないときはBがない、Aが滅するときBが滅する、という四つの方程式によっていろいろな現象を観ていただきたいのです。自分に現れる痛みとか、寒いとか暑いとかいう感覚が、頭のなかを混乱させているときは、そのように考えればよいのです。因果説をぜひ、ご自分の瞑想実践にも活用してみてください。(この項終了)

 

瞑想は世俗的な因果法則の理解に役立つかもしれません。

 

因果法則を理解すれば、出てきた結果にいちいち後悔することは無さそうです。

 

で、瞑想は因果法則からの自由(覚り)に近づく大事な修行かもしれません。

 

 

9月上旬は因果法則の話なのでしょうか。