ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

人生とは、瞬間瞬間の連続 『ブッダの教え一日一話』

引用

人生とは、瞬間瞬間の連続です。私たちは、瞬間瞬間にしか生きられません。

いまの瞬間になすべきことは、つねに「具体的」」です。

それは、話を聞くことであったり、ものを片付けることであったり、つねに「具体的」にあるものです。

いまこの瞬間になすべきことをよく知り、それをきちんとやる。それでなんの問題もなく人生はうまくいくのです。

 

私見です

 

ぐうの音も出ないくらい、まっとうで当たり前の話です。

 

でも、うまくできないことが多いんですよ。

 

思い出してみると、うまくいかないときって、心ここに在らず、で心がさまよっているというか、どこかに行ってますね。

 

いま、目の前に起きていることに気づいてないんでしょうね。

 

スマホ見ながら歩いているようなものですね。

いまやるべきことは「歩く」ことなのに、歩くことをきちんとしないでスマホ見てる。

これ、危ないです。

 

人間は「いま、ここで」は、「ひとつ」のことしかできない、と実感します。

 

今日の法話は、「いま、ここ、ひとつ」と理解しました。

 

 

もっと詳しい法話があります。

j-theravada.net

 

 

これについて書いたお経があるのですね。

引用します。

Atîtam nânvâgameyya,
nappatikankhe anâgatam;
yadatîtam pahînam tam,
appattanca anâgatam.
Paccuppannamca yo dhammam,
tattha tattha vipassati;
asamhîram asankuppam,
tam vidvâ manubrûhaye.
 
過去に引きずられず
未来を期待しない
過去はすでに終わり
未来はいまだ現れてない
現在の法(現象)を
その場その場で観察する
しかし現在にも実体がないことを知る
そのように知る人に、成長がある

過去に引きずらないことと未来を期待しないことについてはこれまでお話してきました。そこで「現在」というときも、実体がなく一時的なものなのです。このことを理解する人は、心が成長して幸福になるという意味です。

Ajjeva kiccam âtappam
ko jaññâ maranam suve;
na hi no sangaram tena,
mahâsenena maccunâ.
Evam vihârim âtâpim,
ahorattamatanditam;
tam ve bhaddekarattoti,
santo âcikkhate muni.
(Majjhima Nikâya 3.187)

今日のうちに努力すべきである
明日は死なないと知る方法はない
死王の大軍隊と関わりをもってはならない
このように努力する人の日々は好日である

「明日は死なないと知る方法はない」を分かりやすく言いますと、「明日も生きている保証はない」ということです。今日生きているからといって、明日も生きている保証はないのです。

「死王の大軍隊と関わりをもってはならない」とは、いわゆる「ものがある」という見方のことです。お金がある、家族がいる、仕事があると、何に対しても「ある」と思うことです。しかし実際には「ある」のではなく、相対的で一時的なのです。

 

 

お釈迦様の言葉が一番ガツンときますね。

全部、おっしゃってます。