ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

行為を喜ぶ人になる 『ブッダの教え一日一話』

引用

結果よりも、行為を喜ぶことが大切です。そうすれば、何事も楽しく行えるのです。

 

私見です

 

よくスポーツ選手のインタビューに「結果がすべてですから・・」という受け答えを聞くことがあります。

 

そりゃあ結果が全てなのはわかります。

 

でも、なんとなく違和感があるのですね。

「そのために、いまなにやってるの?」と聞きたくなります。

 

結果っていうのは、それに至る過程(因とか行為)があって、ある意味、過程が結果なんですよね。

 

だから 過程=結果

 

だから、「いまやっている練習の成果を出せるようにしたいです」とおっしゃると、まだなんとなくしっくりきます。

 

以前も結果に関する法話を紹介しました。

これ

j-theravada.net

 

で、引用します。

よくがんばる人がいます。一生懸命にがんばる、だけれども結果は無茶苦茶。そういう人がいたら気をつけてください。いくらからだを壊すところまでがんばっても結果が悪いなら「怠けている。どこかで自分をごまかしているのでは」と考え直してみてください。

 

結果が悪いということは、その過程(因、行為)が悪いということです。

 

たぶん楽しくやっていないのでしょう。

 

その行為を喜んでいないのでしょう。

 

自分をごまかす狡猾な怠けにやられているかもしれません。

 

 

 

怠けは楽だから、怠けを喜ぶ、楽しむんじゃなくて、怠けから離れる努力を喜ぶ、楽しむ、ということが、行為を喜ぶ人への第一歩だと理解しました。

 

私個人は、まだまだ遠い感じがしてます・・・。