ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

結果は瞬間、行為は長い 『ブッダの教え一日一話』

引用

結果を気にする人は、けっしていい仕事はできません。

スポーツで優勝だけを目的にしたら、やっている人も苦しくなります。

毎日の練習が楽しくて仕方がないというほうがいいのです。

そうなれば、優勝してもしなくても関係ありません。

 

私見です

 

昨日、よくスポーツ選手のインタビューで「結果がすべてですから」という話をしました。

 

この「結果がすべてですから」って聞いてて違和感があるのですよ。

 

まあ、スポーツは、結果として順位が出るので、その上位を目指すのでしょうけど。

 

その結果を目標として、結果を出すための練習。

 

よくテレビで、競技での上位を目指すため、頑張るアスリートのドキュメントがありますけど、悩んで、しんどそうで、見ていてこちらがつらくなるような練習は、テレビを消しそうになります。

 

悩んで、しんどそうで、苦行のような行為から、どういう結果になるんでしょうね。

 

いい結果を得ても、次の結果を目標にしんどいことが続きそうだし。

悪い結果を得たら、落ち込むかも、でも次の結果を目標にしんどくやるのでしょうね。

 

法話で先生は、すぐに過ぎ去ってしまう結果を気にするくらいなら、その行為を楽しんでやってみたらどうですか?と説きます。

 

私見ですけど。

 

結果云々より、心の状態を重視している気がします。

 

結果目的で自分の心をボロボロにするより、行為(過程)を楽しむことが大事、その行為は結果として出てくるけど、その目的化された結果よりも、行為の充実感と達成感のほうが大事、自分の心にも良さそうです。

 

 

充実感、達成感というと下記の本を連想しました、今回の一連の法話の副読本になりそうです、キンドルで99円で読めます、ありがたいです。

 

 

 

こころに良いことをしましょう、と教えてくれる本です。