ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

とりかえしのつかないこと 『ブッダの教え一日一話』

引用

人生には「大失敗」とか「とりかえしのつかないこと」」などがあるでしょう。

過去をふりかえって、失敗した経験だけを取り上げて、「私は失敗ばかりの人間だ」と決めつけてしまいがちです。

けれども、「人生に失敗した」というのはありえないのです。それは観念で思い込んでいるにすぎません。悲観的な思考パターンに陥っているのです。

 

バリバリの私見の解釈です。

 

自分やってしまったことが「原因」で、その「結果」という状態が生じます。

 

その「結果という状態」の解釈というか、受け取り方なんだろうなあ。

観念的、悲観的な思考パターンで受け取ったら、失敗という解釈をしてしまったら、それは失敗なんでしょうね。

 

貪瞋痴が入った状態で解釈したらヤバそうです。

 

「人生の失敗」もあり得るでしょう。

 

 

 

 

 

でも先生は「人生の失敗」はありえない、とおしゃってます。

 

貪瞋痴から離れて、理性、慈しみ、観察、気づきで、そのヤバイ事象に接すれば、そのヤバイ事象は失敗とは言わないのかもしれません。

 

 

で、後半引用

失敗というのは、小さな単位、瞬間瞬間に起きることなのです。だから、いまここの瞬間に気をつけていれば、失敗することはありません。

 

私見です。

小さな失敗が積もりに積もると大きなものになります。

 

自分のことをふりかえると、小さな失敗というか粗相を積み重ねて、大きな失敗になったという経験があります。

 

 

日常生活の瞬間瞬間は常に流れているので、細かく分析して、悪いものを取り除くのが大事なのかもしれません。

 

 

ある先生が「テーラワーダは分析主義」だとおしゃってました、なんとなく実感できます。

 

「ふむふむ、なるほど」という態度が大事なのかもしれません。

 

 

 

相変わらず濃い内容です。