引用
人生には「大失敗」とか「とりかえしのつかないこと」」などがあるでしょう。
過去をふりかえって、失敗した経験だけを取り上げて、「私は失敗ばかりの人間だ」と決めつけてしまいがちです。
けれども、「人生に失敗した」というのはありえないのです。それは観念で思い込んでいるにすぎません。悲観的な思考パターンに陥っているのです。
バリバリの私見の解釈です。
自分やってしまったことが「原因」で、その「結果」という状態が生じます。
その「結果という状態」の解釈というか、受け取り方なんだろうなあ。
観念的、悲観的な思考パターンで受け取ったら、失敗という解釈をしてしまったら、それは失敗なんでしょうね。
貪瞋痴が入った状態で解釈したらヤバそうです。
「人生の失敗」もあり得るでしょう。
でも先生は「人生の失敗」はありえない、とおしゃってます。
貪瞋痴から離れて、理性、慈しみ、観察、気づきで、そのヤバイ事象に接すれば、そのヤバイ事象は失敗とは言わないのかもしれません。
で、後半引用
失敗というのは、小さな単位、瞬間瞬間に起きることなのです。だから、いまここの瞬間に気をつけていれば、失敗することはありません。
私見です。
小さな失敗が積もりに積もると大きなものになります。
自分のことをふりかえると、小さな失敗というか粗相を積み重ねて、大きな失敗になったという経験があります。
日常生活の瞬間瞬間は常に流れているので、細かく分析して、悪いものを取り除くのが大事なのかもしれません。
ある先生が「テーラワーダは分析主義」だとおしゃってました、なんとなく実感できます。
「ふむふむ、なるほど」という態度が大事なのかもしれません。
相変わらず濃い内容です。