ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

なぜ単純さが嫌なのか 『ブッダの教え一日一話』

引用

人は妄想することが楽しみなので、シンプルな人生は嫌なのです。

 

私見と連想です。

 

なぜか「勝利の経」 ヴィジャヤ スッタンを連想してしまいました。

ここです

j-theravada.net

 

で、施本もあります。

おお、マーヤデーヴィーの施工記念本です。

売ってないです

協会にお願いすれば在庫があるかもしれません。

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出家に不浄随観と死随観をガツンと説くお経だそうです。

 

つまり、貪瞋痴や妄想からなかなか離れることができず、あれやこれや悩むお坊様に対して、ガツンと叩き込んだお経ですね。

本では、在家にもわかりやすく先生が説いています。

 

 

 

で、気になるのは冒頭の部分です

引用

  • 193.
  • Caraṃ vā yadi vā tiṭṭhaṃ, nisinno uda vā sayaṃ;
    チャラン ワー ヤディ ワー ティッタン ニスィンノー ウダ ワー サヤン
    Sammiñjeti pasāreti, esā kāyassa iñjanā.
    サンミンジェーティ パサーレーティ エーサー カーヤッサ インジャナー
    歩く、立つ、座る、横たわる、伸ばす、縮む。身体の動きはこれだけです。

 

人間にまつわるいろいろ全てを吹っ飛ばして、人間のやっていることはこれだけです。

残っているのはこれだけです。

 

究極のシンプルです。

「歩く、立つ、座る、横たわる、伸ばす、縮む。身体の動きはこれだけです」

 

本によると

引用

こちらでは身体の動きとして、六つを挙げています。厳密に言えば身体の動きは、伸びる、縮む、という二つだけです。

 

へっ!?

二つだけ?

究極のシンプルです。

 

で、本日の結論です。

 

本より引用

我々はあらゆる仕事で、義務で悩んでいる、腕が上がらないことで、才能が発揮できないことで悩んでいる。世界の経済不振で、平和が危うい状態に対して悩んでいる。強いていえば生きることで悩んでいる。目覚めてみましょう。身体が伸びることで、縮むことで、悩んでいるのではないですか?何をやっても、「身体の伸び縮み以外、何もないのだ」と、ありのままに理解できれば、どれほど楽を感じることでしょう。

 

 

「伸び縮みしかないのに、なんで生きることに悩むの?」です。

 

「人間のやっている具体的なことは、この二つしかないのに、なんで悩むの?」です。

 

 

逆に言うと、この二つの気づきと観察がイヤなんでしょうね、シンプルよりも貪瞋痴のほうが楽しそうだし、私もそうだ。

 

修業の道はまだまだ遠いです。

 

 

本当はかなり「ガツン」と言っている本です。