ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

一生退屈したいですか 『ブッダの教え一日一話』

引用

朝から晩までやっている日々のシンプルな作業は、みんな退屈なことだと思っています。

けれども、それが退屈なことだと決めてしまうと、一生、退屈な人生を送るはめになります。

単純なことでも、見事にこなせば、とても気分がいいのです。そして、いとも簡単に、充実感にあふれた生き方ができるのです。

 

私見です

 

思い浮かぶ単語は

 

「マンネリ」

 

「ルーチンワーク」

 

 

家や仕事でやってる作業のことですね。

 

 

で、調べてみた法話が下記

j-theravada.net

 

「マンネリは怠け」だとガツンです。

引用

マンネリ主義は怠け思考です。怠け思考でパターンだけ守って生活している人は、地獄に生きているのと同じです。人生は見事に失敗しています。

 

形式や形だけを守って人格者になるんでしたら、それはOKなんでしょうけど、それはあり得ませんね、物事は止まることなくどんどん変化し、流れていきますので、それを無視して同じ事ばかりしてたら、その結果は悪そうですね、怠けの結果ですね、怠けは人格者から遠ざかります。

 

「退屈」は、「怠け」の兆候かもしれませんね。

「退屈」に気づけば、まだラッキーなのかもしれません。

 

やばいのは、退屈だろうが、マンネリだろうが、回りの状況を無視してそれを必死に守るというか「変える」という考えが無いというか、怠けを必死に継続させようとするのですね、その原動力は「無知」「邪見」であるとバッサリです。

 

ガツンと引用

何があっても無知を財産のごとく守る、という生き方は仏教からすると極端な邪見です。「無知より怖いものはない。智慧ほどの財産はない」とブッダは教えています。

うーむ、「無知」が財産な生き方はやだなあ。 

 

 

毎日のルーチンワークでも、厳密に言うとどれもまったく同じではないんですよね。

 

観察能力を上げていくと、「ルーチンワーク」という名前がたまたま付いてますけど、その内容は違うのです。

 

 

「川の流れの例え」の法話をご参照ください。

「川の水は瞬間瞬間、まったく違うものに変化している」 

 

j-theravada.net

 

 

ルーチンワークの中身は本当は毎日違っているのに、怠けからそれを見ようとしない、手を打つこともない、怠けを守ろうとするんでしょうね。

 

ガツンと引用

日本には「形だけ真似る」という難しい道を選んで、マンネリ主義の奴隷になって苦しんでいる人が沢山います。生きていて全然面白くないし、いつも緊張して怯えているのです。ちょっとでも観察能力を発揮して、智慧を働かせたなら、どうやって効率的に上手く仕事ができるかと、瞬時に工夫できるはずです。無知を破って智慧を働かせたとき、人間は最高の充実感を得られるのです。それが「生きる」ということです。

 

 

 

と言う私も、毎日知らぬ間に「退屈」に浸かってます。

退屈と感じたら「やるべきことがあるはず」と思うようにしたいです。

 

 

関連して下記の法話も面白かったです

j-theravada.net

 

 

 

 

「退屈は怠け」だと教えてくれる本です。