ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

瞬間瞬間、幸福をつかまえる 『ブッダの教え一日一話』

引用

「今日、幸福になるのだ」「いまの瞬間に幸福を得るのだ」と、瞬間瞬間、幸福をつかまえるのがブッダの道です。

「いま、わずかでも心を汚してはいけない」と、自分を明るく励ますのです。瞬間瞬間、心を清らかにすることに励んで、究極の幸福までに続く仏道を歩むのです。

 

私見です

 

瞬間瞬間、心を清らかにするには、やっぱり下記の法話になります。

j-theravada.net

 

 

ずばり、ヴィッパサナーによる「こころ」と「からだ」の気づきです。

 

 

法話では「こころの隙間」という言葉が出てきます。

 

これは、自分のこころに観察や気づきを入れてない状態のことを言うのでしょうね。

 

こころに観察や気づきを入れてないと、こころがいつのまにか貪瞋痴に入りこまれて、貪瞋痴に化身して、勝手に苦しんでる、自作自演をやってしまっているのでしょうね。

 

ということは、こころに観察や気づきを入れて、貪瞋痴が入りこむ隙を作らないようにすること。

 

これが、こころを汚さないコツなんでしょうね。

 

そのためにヴィッパサナーが大事になります。

でもきちんとヴィッパサナーをするためには

慈悲の瞑想、慈悲の実践、五戒の実践、悪いことをしないこと、これがヴィッパサナーの土台になります。

 

 

で、私の日常生活では、こころが隙間だらけ、脇が甘すぎる状態がほとんどです。

隙間だらけですけど、こころでも体でも悪い状態には、少しでも気づいていきたいと思います、せめて、「悪い状態」の自覚ですね。

 

法話の最後の部分「究極の幸福」は解脱、覚りのことですね。

 

仏教の話のオチはここになります、お経でも法話でもオチがこれでなければ、仏教の話ではない、ということです。

 

こころの状態はどうなってますか?と聞いてくる本です。