ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

先生は生命の栄養資源 『ブッダの教え一日一話』

引用

先生は教えてくれる。それによって私たちは学んで幸福に生きる。

先生は、生きるために必要な栄養補給をしてくれるのです。

先生が栄養補給をしてくれないと、私という存在が豊かに実らないのです。いわば先生は、生命の栄養資源なのです。

 

私見です

 

栄養と聞いてまっさきに連想する法話は下記です。

嬉しい、無料で読めます。

j-theravada.net

 

身体の栄養、心の栄養のお話になります。

 

ちょっと引用

「どんな生命も、栄養という一つのものを取り入れることで生きています」というなぞなぞみたいな答えで、「だから本当の栄養を取り入れてください。心が怒りやエゴで毒に汚染されないように。すべての生命に対する慈悲の心を作って、心と体を栄養いっぱいにしてあげてください」」と、子供のソーパーカ長老がブッダの教えをみごとに語っているのです。

 

 

仏教では「師」というか「先生」が大事です。

 

でも、先生というと学校の先生を連想します。

 

 

先生とか先輩とか、会社なら上司とか・・。

 

 

栄養を与えてくれる先生に出会えたらラッキーです。

 

でも、そうならない場合もあります。

 

生徒から心の栄養を奪う先生がいたらヤバイです。

毒を流し込む人がいたら、もっとヤバイです。

毒とは貪瞋痴です。

 

身体の栄養は心配することはほとんど無いと思いますが、心の栄養に関しては不安な時代なのかもしれません。

 

少しでも仏教を知っていれば、栄養を奪う先生とか先輩とか上司から身を守れると思うのですが・・・。

 

知らないと、盲従するかもしれません。

 

仏教は悪いことはきちんと決めてますので、このガイドラインに引っかかる方は、それなりのお付き合い、ということで距離を置くことができると思います・・。

 

 

このブログを読んでいる方は仏教に詳しいと思いますので、「この方だ!」という、善い先生を見つけることができるかもしれませんし、もう見つけて、勉強と実践に励んでいるのかな?

 

仏教を知れば、先生と栄養に関して、大きく踏み外すことは、多分無いかなあ、と思います。

 

 

先生は大事です