ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

人格の向上は自分の宿題 『ブッダの教え一日一話』

引用

人の心には、巨大な能力があるのです。

その能力をどこまで発揮するかが、私たちの課題です。

ほとんどの人は、社会が敷いているパターンや安全な路線を歩もうとします。そうすると、自分本来の能力を発揮するチャンスはなくなるのです。

たとえ安全な路線を歩んでも、人格の向上は自分の宿題であることは、けっして忘れてはいけません。

 

 

私見です。

 

下記法話に人格向上のヒントがあるかも

j-theravada.net

 

ちょっと引用

人生においても、あれをやりたい、これをやりたくないという考え方はやめた方がいいです。そのときそのとき、やらなくちゃいけないことを、しっかりとするべきです。自分の好みに関係なく、責任を果たす人は、この世の中で幸福にトラブルなく生きられます。

しかしただそれだけでは人格完成を得られません。何をしてもそのすることから人格を向上させる何かを学ばなくてはいけません。何をしたかより何を学んだかが重要です。学ぶという意味は、人格を少しでも向上させることです。

 

うむ、日常のなにげないことに、人格向上のチャンスがあるのかも。

 

 

 

副読本を引用します。

 

これ

 

 

258 生きがいにこだわらない

「仕事が生きがいだ」と思っていると、引退したらやることがなくなってしまいます。それが寂しくて、みるみるうちに病気になって死んでしまうのです。そうならないためには、何があろうとも状況を受け入れて楽しむことです。仕事があるなら、仕事を楽しむ。仕事が終わってからは、老後を楽しむ。孫が来たら、孫と遊んで楽しむ。状況がどのように変わっても、それを拒絶したり否定したりしない心を育てれば、怒りの生まれる余地はありません、ずっと幸福というものを味わえるのです。

 

 

日々安全な路線にもやるべきことはありますね。

 

やるべきことをやる、楽しんでやれば最高、そこから学びを得ればもっと最高、それが人格向上への道なのかもしれません。

 

 

私はまだ最初の段階にも達してません

「いやがらずに、やるべきことをやってみる」というレベルです。

 

 

 

 

人格向上への道は遠いです。