ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

無駄な学び 『ブッダの教え一日一話』

テキスト引用

「おもしろいから」「暇だから」「ただ知りたいから」ということで学ぶのは、無駄な学びです。

いわば暇潰し、時間潰しの趣味としての学びです。

そういう学びは、仕事の役にも人格向上にもつながらない。心を清らかにすることもないのです。

私たちには、潰す時間はないのです。時間は大切にすべきです。

 

 

 

私見です。

 

これを書いてるとき、読書、先生と法友の動画を見てるとき、慈悲の瞑想、これが私の仏教に接している時間です。

 

 

しょうもない学びをしているつもりはないのですけど・・・。

 

でも、最近、アマゾンプライムの時間が増えてきました。

ヤバイ、ヤバイ。

春先に体調を崩し自宅にいました、レンタルビデオを家人に借りてきてもらっていたのですが、レンタルよりも、アマゾンプライムのコストの安さにつられてしまい、えーとはまってしまいました。

 

 

暇ではないのですが、「面白いから」で見ています。

これがドンドン増えて、仏教に接する時間が減ったら、ヤバイです。

 

学びにつながる動画もあるのですけど、でも、面白いから見てるのですね。

心が清らかになった、という自覚もないし・・。

 

 

適度な「娯楽」ということで、やりすぎに注意です。

 

 

 

で、仏教以外の読書では、下記の本、善かったです。

 

 

ポストコロナの世界です。

憎悪、強欲、無知に覆われるのか?、賢明で思いやりに満ちたよりよい世界を作るのか?。

 

その選択を迫られていますね。

 

これは、学びがある本 でした。

 

著者は毎日2時間、ヴィッパサナー瞑想をします。

すごく多忙な方だと思うですが、すごいです。

 

 

 

 

 

しょうもない学びというか、暇つぶしというか、面白いと思ってやっていることを疑ってみたら。と教えてくれる本です。