ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

学び続ける人は花が咲く 『ブッダの教え一日一話』

引用

「わかりたい、学びたい」と真剣に求めている人は、ほんの少しでも真理に触れたならば、すぐにそれを理解することができます。舌がちょっとでもスープに触れれば味がわかるように。

「自分は何も知らない」として、学び続ける人は、必ず花が咲きます。

「私は知っている」という高慢な人は無智で終わります。スプーンがスープの味を味わえないように。「私は何も知らない」という謙虚な人が賢者になる理由を、ブッダはそう説いたのです。

 

私見です

 

やっと思い出しました。

ダンマパダにあったことを

 

 

下記の本より

 

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

  • 作者:片山 一良
  • 発売日: 2009/12/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

ダンマパダの64と65です。

 

引用

 

愚者はたとえ生涯を   

賢い者に仕えても

法を了知することはない

匙がスープ味を知らぬように

(64)

 

知者はたとえ一瞬でも

賢い者に仕えるならば

ただちの法を了知する

舌がスープ味を知るように

(65)

 

64の因縁話で、ウダーイ長老の話が出てます。

立派な博学な長老に見えるのですが、比丘たちの五蘊の質問に答えることができなかったとのこと、お釈迦様と同じお寺に住んでいながら、なんだかすごいです。

 

65の因縁話は、遊女を追い回していた30人の青年が、説法を聞いてただちに比丘になり、修行して、お釈迦様の「無始」の説法を聞いて阿羅漢になった、という話です。うむ、すごい若者たちです。

 

 

で、自分はどれに当てはまるか?です。

 

「自分は知らない」、という自覚がありますが、鈍いので、ダンマパダの65には到底及ばないです。

 

頭が鈍いなりに、64をなんとか脱したい、というレベルでしょうか。

 

花は咲くのでしょうか?

 

 

 

うむ、何度読んでもダンマパダは深いです。

 

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

『ダンマパダ』全詩解説―仏祖に学ぶひとすじの道

  • 作者:片山 一良
  • 発売日: 2009/12/01
  • メディア: 単行本