ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

小さなことこそ 『ブッダの教え一日一話』

引用

たとえ小さなことであっても、巧みに行うべきです。

小さなことなら、だれでも巧みに行うことができるからです。

子供をあやすこと、子供にご飯を食べさせること、着替えさせること、食器を洗って片付けること。

そういう小さなことなら、上手にできるでしょう。そして、「他の大きなことでも自分にできる」と、自己発見します。

小さなことこそ、大事に行うべきです。それが巧みになる道です。

 

私見です

 

以前、先生の法話で、「小さなことを大事に」を聞いたことがあります。

 

例えば、会社とかで、大きな仕事がある、でも、いきなり大きな仕事をするのは困難がります、経験とか状況とか。

 

でも、よく考えてみますと、大きな仕事とはいっても、よーく見ると、小さな仕事の集まりなんですよ。

 

小さな仕事が大きな仕事のパーツになってるんですよね、

 

で、当たり前ですが、小さな仕事がうまくできないと、大きな仕事がうまくいくはずないです。

 

だから、小さな仕事ってやっぱり大事です。

 

という話だったような気がします。

 

 

 

経験が浅ければ、小さな仕事をしっかりこなすことが大事だし、いずれ大きな仕事も巡ってくるでしょう。

 

以上は「仕事」が例えでしたが、日常生活でも同じですね。

 

 

 

夕食の食器の後片付けは私の役目です。

きちんと片付けないと、翌朝の朝食の準備に障りますし、小さな家事でも、大事な家の仕事です。

 

 

ごみ捨ても私の役目です。

曜日ごとに捨てるモノが違います、これもきちんとやらないと家の中がゴミだらけになってしまいます、大事な家事ですね。

 

小さなことが大事だとわかります。

 

 

 

テキストでは「小さなことを巧みに行う」と説いてますが、他の「小さなこと」も連想しました。

 

 

「小さな悪いこと」です。

下記リンク

www.dananet.jp

 

ダンマパダからですね。

その報いは来ないだろうと思って、
悪を軽んじてはいけない。
水が一滴ずつしたたり落ちるならば、水瓶を満たす。
愚かなものが、
些細な悪を積み重ねるならば、やがて悪を満たす。
悪を積むならば、
やがてわざわいに満たされる。

                   「ダンマパダ」(121)

 

どんな些細な小さな悪いことでも、例外を作ってやってしまえば、アッというまに悪で満タンになってしまい、にっちもさっちもいかなくなるのでしょう。

 

 

水の浮沈の例えで

善なることは水に浮かび(上にいく)、悪いことは沈む(下にいく)、砂は一粒でも沈みます、悪いことはどんな小さなことでも砂の一粒のごとく沈んでいきます。

 

 

 

自己発見には至りませんが、小さなことは大事だとわかりました。

ということを教えてくれる本です。