ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

巧みに行う人は、幸福を手に入れる 『ブッダの教え一日一話』

引用

小さなことでも、そこに因果関係を発見しながら行う人は、「巧み」という能力が身についているのです。

「巧み」は、悩み苦しみなく、心配なく、落ち込むことなく、明るく生きるエネルギーなのです。

日常のことを巧みに行う人は、幸福を手に入れるのです。そういう人は、心に傷がついていませんから、死後はさらに幸福の境地に達することができます。

「巧み」になることは、善的な生き方なのです。

 

私見です

 

私事で恐縮ですが、日々の生活、「巧み」にやってる、という自覚というか実感というか、あまりありません、というか、ありません。

 

巧みではないですけど、おっさんになると図々しくなって、失敗してもゴチャゴチャ考えなくなりました、まあ、よいのではないでしょうか。

 

 

「巧み」ではないですけど、このお経を連想しました。

 

 

 

 

諸仏の教え(Dhammapada Nos. 183-185)

  • 183.
  • Sabba pāpassa akaraṇaṃ, kusalassa upasampadā,
    サッバ パーパッサ アカラナン クサラッサ ウパサンパダー
    一切の悪行為をおこなわないこと。善に至る(善行為をおこなう)こと。
    Sacitta pariyodapanaṃ, etaṃ Buddhāna sāsanaṃ.
    サチッタ パリヨーダパナン エータン ブッダーナ サーサナン
    自らの心を清めること。これが仏陀たちの教戒である。
  • 184.
  • Khantī paramaṃ tapo titikkhā,
    カンティー パラマン タポー ティティッカー
    忍耐・堪忍は最上の修行である。
    Nibbānaṃ paramaṃ vadanti Buddhā;
    ニッバーナン パラマン ワダンティ ブッダー
    涅槃は最高のものであると、仏陀たちは説きたもう。
    Na hi pabbajito parūpaghāti,
    ナ ヒ パッバジトー パルーパガーティ
    他人を害する人は出家者ではない。
    Samaṇo hoti paraṃ viheṭhayanto.
    サマノー ホーティ パラン ヴィヘータヤントー
    他人を悩ます人は「道の人」ではない。
  • 185.
  • Anūpavādo anūpaghāto Pātimokkhe ca saṃvaro,
    アヌーパワードー アヌーパガートー パーティモッケー チャ サンワロー
    罵らず、害わず、戒律に関しておのれを守り、
    Mattaññutā ca bhattasmiṃ pantañ ca sayanāsanaṃ,
    マッタンニュター チャ バッタスミン パンタン チャ サヤナーサナン
    食事に関して[適当な]量を知り、淋しいところでひとり臥し、坐し、
    Adhicitte ca āyogo etaṃ Buddhāna sāsanaṃ.
    アディチッテー チャ アーヨーゴー エータン ブッダーナ サーサナン
    心に関することにつとめはげむ。これが仏陀たちの教戒である。

歴代のお釈迦様たち(複数います)が説いた教えです。

シンプルなのですけど、お釈迦様たちが説くと重みがあります。

 

下記、私見に満ちた解釈です。

 

心が清まるかどうかわからないけど

善に至るかどうかわからないけど 

悪いことはしないように、と思っています。

 

で、「忍耐・堪忍」は、「落ち着いていること」だと先生がおっしゃったことがありました。

「落ち着いている」イコール「理性的」だと理解してます。

 

涅槃の境地についてはわかりませんが、

言葉や暴力で他人を害するの悪いことですし

食事に関しては、腹7分目(年齢相応)で適当に

在家なので常時は無理なので、でも、たまには静かなところでひとり瞑想して。

 

「巧み」から遠いですけど、少しでも心に良いことしたいです。

さて、幸福に近づくことができるでしょうか。

 

 

 

今日は「巧み」から離れてしまいました。