ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

遺体を背負って運んでいる 『ブッダの教え一日一話』

引用

過去のことを思い悩む人は、間違いなく不幸になる訓練をしているのです。

私たちは、すでに終わったことなのに、「あんなことされた」「こう言われた」と、思い出しては、悩んだり悲しんだり怒ったりします。

悩み続けるのは、矢が刺さったまま抜かずに「痛い、痛い」と嘆いているようなものです。それでは遺体を背負って一生運んでいるようなものなのです。

矢を抜かずにおけば、徒に苦しむだけです、重たい遺体を背負っていては、徒らに疲れるだけです。

 

私見です

 

関連の法話ですね。

dananet.jp

 

ダンマパダの275にあるのですね、苦しみの矢が刺さる例えが。

 

で、引用

ずばりこれですね。

自分の幸福をこわしているのは、自分に悪いことをしたいやな人びとではありません。それは、悪いことを忘れないでいつまでも怨みつづける自分の心なのです。

 

自作自演です、ご苦労様です。

 

でも、私もいつのまにか、無自覚のまま自作自演に陥っていることがあります。

 

自作自演って、バリバリの煩悩と貪瞋痴に、首まで漬かっているんでしょうね。

でも、無自覚なんですよ、かなりヤバイです。

 

 

自作自演を脱する方法があるのが下記の法話

j-theravada.net

 

慈悲の瞑想が良いみたいですね。

 

 

 

 

 

過去を背負うパターンで一番深刻なのは、親しい方を亡くした場合です。

サッラスッタンを連想しました。

 

心に刺さった棘を抜かなればなりませんね。

 

過去にちょっと書いてます。

www.jataka.info

 

 

本でも読めます。

最後のほうに箭経があります。