ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

1 怒らずに生きる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

世の中というのは、気に入るものよりは、気に入らないもののほうが多いのです、希望が叶うよりは、失望するケースが多いのです。

 

私見を続けます。

 

うむ、これは日常生活でも実感しますね。

 

ちょっと身体を使ったりすると、あちこち痛くなります、若い頃にはなかった現象です。

 

物忘れもします。

 

「ゴー、トゥー〇〇」するくらいなら、減税したほうが、感染の危険なく経済が回るのに、と思います。

 

 

ちょっとカリカリなんかします。

 

引用

しかし、私が怒ったからといって、世界は私の希望通りに変わりません。私の身体と心さえ、私の希望通りに回転しません。世界と人生はうまくいかなくても、落ち着いて微笑みましょう。

簡単な例で、怒らない秘訣を憶えておきましょう。「降ってくる雨に怒っても、雨はやんでくれません」

 

うむ、顔にすぐ出てしまうほうなので、微笑むのは無理かもしれませんが、落ち着くことはできるかもしれません、落ち着くというか、時間の経過で怒る気持ちも収まってくるでしょうから・・・・。

 

と、書いたところで、お客さんとの会話を思い出しました。

 

そのお客さんは、以前、ある会社のクレーム係を専属でやっており、いろいろな話を聞くことができました。

 

その中で心に残ったのは・・・・。

 

人間、面前で怒ったところで「一時間以上怒り続けることはできない、だって疲れてくるから」とのこと。

 

ただし、面前ではなく、電話とか、一人でいる場合は、怒り続けることができるそうです、疲れにくいのでしょうね。

 

 

一人で悶々とする怒りはヤバそうです、だって無限に継続してる感じがあるから。

でも、怒りは時間の経過でやり過ごすこともできそうです。

 

 

話が脱線しました。

 

で怒らない秘訣です。

「降ってくる雨に怒っても、雨はやんでくれません」

 

どうしようもないことに怒っても、どうしようもないです。

 

恐縮ですけど、勝手に文章をつぎ足します。

「雨が降ったら傘をさす」です。

 

「傘をさす」というお話で先生の法話があります。

j-theravada.net

 

引用

雨が降る、だから傘をさしていく、そのくらい明確に人生を選んでいけるなら、「悩み」はないということを先月お話ししました。

どんなに偉い哲学者や説法師が、傘をささないわけを解説したとしても、それは屁理屈であってばかばかしいことなんですね。人間は自然と一体にならなければならないからとか、きれいな水に濡れることでからだが健康になりますとか、何を言ってもばかげていますよね。そんなことは我々は普段しないのです。ごく普通に考えて、選ぶ道はひとつしかない、仏教というのは、そのような人生を作りたいのです。雨が降っているならば傘をさす、それしかない、そういう風にしっかりした判断、明確に現実を見極める目を持ってほしいのです。

 

事象のひとつひとつにいちいち貪瞋痴まみれにならないで、ごく普通にやるべきことがありますよ、という話ですね。

 

事象に接して、次にやることは怒りじゃなくて、やるべきことがあるのですよ、という話です。

 

 

だから、本当はそこに「怒り」は無いんでしょうけど・・、つい怒っちゃうんですね。

 

怒りそうになったら「傘の例え」を思い出すことにします。

 

テキストです

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え