ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

15 怒りを返した人のほうが罪が重い 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

前略

いったいなぜ、怒りを返した人がより悪いという結論になるのでしょうか。まず人の話を聞いて怒ったでしょう。それで心はもう汚れています。心を汚したことは一番目の罪です。それから相手に怒りを返すでしょう。人に怒りをぶるけることは二番目の罪です。

後略

 

私見です

 

「悪口を受け取らない、そのままお返しする」という話を思い出しました。

よく聞くお釈迦様のエピソードです

この方法だと、2番目の罪を回避できますね。

大乗のお寺でも、法話の定番ネタになるのではないでしょうか?

 

光華女子学園の「今月の言葉」にありました。

gakuen.koka.ac.jp

 

うむ、よく聞く有名なお話なのですけど、知識が無いので出典がわからないのですよ。

どこかのお経だと思うのですが・・・。

 

 

 

で、話は変わります、この本を引用します。

 

 

ダンマパダの133と134です。

 

粗暴な言葉を使うな。言われた人々は、あなたにそのまま言い返すだろう。怒りを含んだことばは苦痛である。仕返しがあなたの身に至るだろう。(133)

 

ちょうどこわれた鐘のように、自己が静寂であるならば、あなたは安らぎに達している。そのようなあなたに、怨みなどあるはずがない。(134)

 

 

上記の因縁話は、長老と比丘たちの売り言葉に買い言葉のケンカです、それをお釈迦様が諫める、というお話です。

 

 

うむ、

相手に悪い言葉を使えば、相手から仕返しされるかもしれませんね。

でも、「悪口を受け取らない話」の例えでいくと、相手が受け取らなければ、悪い言葉はそのまま自分に返ってきますね、自分で言ったのですから、自分のものですね。

 

で、悪口を言われても、壊れた銅鑼のように、割れた鐘のごとく、「はあ?よく聞こえませんなあ」(齢をとると使える手です)「はあ?鈍いんでよくわかりませんなあ」(これも齢をとると使える手です)

 

ダンマパダでいう完全な静寂にはなれないかもしれませんが、悪いことがあっても、「はあ? 何言ってるのか、よくわかりませんなあ」と、楽しんでやりすごせば成功です、少なくも2番目の罪は避けれそうです。

 

 

しょっちゅう罪を重ねてる、ということを教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え