ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

16 自分を客観視するトレーニング 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

怒りへの対処法に、自分のことを他人のようにして見る訓練があります。仏教の観察冥想というのは、実はその訓練なのです。特別なことはしません。ただ、自分の身体の感覚を、そのまま客観的に観ていくのです。

中略

例えば、自分の姓が田中だとしましょう。「私は悩んでいる」とは言わないで、「田中が悩んでますね、このバカ者が」というふうに見ると、いきなり悩みが消えてしまいます。

後略

 

私見です。

 

うむ、自分に鋭くなれ、ということですね。

 

でも、人間って不思議なもんで、他人に鋭いのですよね。

 

家庭で家内や子どもにいろんなことを指摘される、カチンとくる、カチンとくるというのは、けっこう当たっている、ということです。

 

職場でも、上司や同僚に自分が気づいていないことを指摘される、だいたい当たっていますね、カチンとくるときもありますけど。

 

うむ、自分以外の方は、ホント鋭いです。

 

 

そのくせ、自分自身も他人の振る舞いには敏感なんですよ。

「あの人、今日は機嫌が悪いなあ」とか、「あっ、あの仕事が出来ていない」とか。

 

 

 

自分自身が貪瞋痴にまみれていても、気づかないでいたり、怒っているのが当たりまえだと思っていたり。

 

うむ、他人には敏感なくせに、自分には鈍感なのですよ。

 

 

おっ、これを思い出しました。

下記の本から引用です。

 

 

 

引用

ダンマパダ50

 

他人の過ちや、したこと、

しなかったことなど、

見る必要はない。

自分を観るべきだ。なにをしているか、

なにをしていないのか、と。

 

お釈迦様もガツンとおしゃってますね。

 

 

自分を客観視する以前の問題ですな、客観視までたどり着けないんですよ。

ヤバイ、ヤバイです。

 

 

「このバカ者が」と教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え