ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

19 怒る条件がそろっていても怒らない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

みんなが自分のことを褒めているときに怒らないのは、当たり前ですね。そういうときに「私はあまり怒りません」などと偉そうなことを言うのは感心しません。条件がそろってしまえば、すぐに怒ってしまうかもしれないのですからね、怒る条件がそろっていないときに怒らないのは、別に褒められるほどのことではありません。

本当に「怒らない」ということは、怒る条件がそろっていても怒らないことなのです。みんなにけなされているときでも、ニコニコできることなのです。

 

私見です

 

まずは怒る条件ですね。

 

自分が殺されるか、傷害に遭う。

大事な人が殺されるか傷害に遭う。

盗みとか詐欺でお金を失う。

災害に遭い、住むところを失う。

 

で、よくあるのが

悪口や陰口を言われる。

感情的に当たられる。

 

 

以上な目に遭っていても、お釈迦様は、

お釈迦さまの言葉によると、「極悪人にノコギリで手足を切られても怒らないようにしなくてはならない。そういう最悪の場合でさえも機嫌を悪くして怒る人は仏弟子にふさわしくない。『私は仏教徒だ』と胸を張っても、日々怒りの制御に励まないならば仏弟子とはいえない」ということになります。

 

と、おしゃってます。

上記は下記より引用しました。

j-theravada.net

 

 

うむ、お釈迦様の言葉は、「怒るな!」とかいう「命令調」ではないのですね。

「日々怒りの制御に励まなければ仏弟子とはいえない」です。

 

怒りを完全になくすことはできないですから、まずはそれを制御してはどうですか?です、つまり怒りに自由好き勝手はさせない、ということですね。

 

で、好き勝手させるとどうなるか?

 

仏教徒の目指すべき目標が遠くなりますね。

お釈迦様の言葉を借りれば「愚か者には輪廻は長い」ということで・・。

 

愚か者に関しては下記より

j-theravada.net

 

 

 

うむ

お釈迦様も先生も、怒りの制御について徹底的に説いてます。

 

「これだけ説いてもあなたはまだ怒りに好き勝手させるのですか?」と迫ってくる感じを今日は実感しました。

 

実感する本です

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え