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テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

29 ニーズが少ないと楽 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「小欲」というのは、「欲が少ない」ではなくて「ニーズが少ない」ことです。ニーズが少ないというのは楽で楽で、楽しくてたまらないことなのです。「ニーズが少ないとと楽」とは、具体的にどういうことでしょうか?現代人は特別すごく贅沢に生きていて、皆さんには好きなブランドがあったり、好みの色や好みの食べ物があったり、好みの箸まであったりします。そういう自分の特定の好みがあると、ちょっと生きにくいところが生まれてきます。たとえば、好みの箸がある人の場合、「なにがなんでも漆の箸でしか食べません」というところまできてしまうと、外食できなくて困ったことになったりします。

そうではなくて、「私は割りばしで食べても別にいいんだけど、どこにでも自分の箸を持っていきますから大丈夫です」と、「必要以上のものはいらない」という方向に持っていくとよいのです。欲はちょっと横に置いておいて、「ニーズ」が少ないという生き方にします。「ニーズ」というのは、生きるために必要不可欠なものに近寄ることです。あるものを捨てるのではなく、必要不可欠と余分という二つに、欲の対象を分けてみるのです。

 

 

やっぱり下記の本ですね。

 

 

 

 

 

テキストの文章は上記の本の

 

第4章

解決策  欲と必要を切り分ける

 

で、第4章の5は

「少欲知足」のお話です。

 

少欲はアッピチャッタ―という単語になるとのこと。

意味は欲が少ない、というのではなく「ニーズが少ない」、意味は「節約」に近いとのことです。

 

「ニーズが少ない」を上記の本で解説してます。

つまりあれもこれも欲しがらないということです。生きるためにどうしても欠かせない必要なもの以外、欲しいものについてカットしてカットして、カットすることです。出家はぎりぎりまで全部カットして「必要」で止まらなくてはいけません。

在家の人々はぜんぶカットしなくても、できる範囲でカットして小さくします。「欲しいものはいくつかあるけど無量にはない」ということにするのです。「ま、いいんじゃない。こんなところで」と、どこかでストップさせるのが少欲なのです。

 

うむ、私見です。

 

あれでなくてはダメ、あれじゃなきゃイヤだ、これはイヤだあれがいい。

うむ、自分の好き嫌いを最優先させる生き方は、少欲知足から遠ざかっていきますね。

 

うむ、よく考えてみると、自分の好き嫌いを優先させる生き方は、なんていうか不便ですね。

 

好き嫌いを満足させるために、あっちこっち行って、お金を使って、時間も使って。

 

面倒くさくないのかなあ。

 

とは言いつつも、たまに私も少欲知足をごっそり忘れることがあります、でも、無ければ無いで、ハッと我に返り、衣食住を間に合わせることができると思います、仏教を知ったおかげです。

 

「まっ、いいんじゃない、こんなところで」という生き方は自分にやさしいし、資源も無駄にしないので環境にもいいかもしれません。

 

 

「欲」のお話は続きます。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え