ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

42 自分とは何か? 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「私は何者か?」ということは、その環境によって一時的に成り立っているだけのことです。

中略

子どもに対しては「お父さん」、孫に対しては「おじいちゃん」、学生時代の友人なら「仲間」、会社では「課長」、地域では「近所のおじさん」出会う人によって自分の役割はくるくると変わります。

シェークスピアは「人生は舞台劇場だ」と書いています。そういうふうに場面場面で自分が変わる。一貫性がない。それが自分です。そういう生き方が、楽しいのです。

 

私見です

 

無我は自覚できませんけど、シチュエーションによって自分の役割が変わる、という話はわかります。

 

まあ、一貫性は無いですね。

コロコロ変わります、変わることにどうのこうのは無いです。

楽しめ!ということですね。

 

で、

年末、下記のNHKテレビを見ました。

7年ごとに放送される特別番組です。

www2.nhk.or.jp

 

ウィキにもありましたね。

ja.wikipedia.org

 

番組紹介を引用

「7年ぶりに会いに行こう。35歳になった君に」。1992年、バブル経済の名残が残る日本各地で始まった7歳の子どもたちの取材。その後、14歳、21歳、28歳と7年ごとに訪れ、家族や生活、そして将来の夢について話を聞いてきた。長期シリーズ第5弾「35歳」。ナレーションは、同じ歳の満島ひかり。新型コロナウイルスが猛威を振るう激動の年に、彼らは何を語ってくれるのか。その成長と現在(いま)の記録。

 

 

番組としては単純です。

あるのは「時間の経過」だけですから・・。

 

でも、なんていうか、その変わりゆく姿に見入ってしまうのですね。

 

28年経ったら、生きていく状況も変わるでしょう、状況が変わったら自分も変わっていかなければならないし・・・。

 

最初に思い描いていた希望があったけど、それとは違う方向に行ったり。

 

なんか、ドラマがあるんですよね。

 

後から思うに、ここには無常のエビデンスがありましたね。

 

 

 

うむ、

人間とは「変わらない自分というものがあるのだ」というんでしたら、たぶん番組として成立しませんね、つまらないです。

 

 

 

うむ

無我はわかりませんけど、自分は変わる、他人も変わる、状況も変わる。

 

「変わることを楽しめ!」は仏教らしくて、なんかいいです。

 

 

 

テキストは自我の項目になります。

無常は楽しめるドラマだ! ということで。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え