ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

45 まっさらなスクリーンでいること 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

前略

よく言う「自分を消す」というのは、「白いスクリーンになれ」というような意味なのです。

私たちは死ぬまで世間で過ごさなくてはいけません。

生きるということは、他の生命と関係を持つことです。

その都度、各生命に対して一時的な自分を投影できるようになってください。

後略

 

上記の文章は下記の本からの引用になります。

 

 

詳しくは上記の本の229ページから242ページまでをお読みください。

 

上記の引用の意味が深くわかります。

 

引用の

「その都度、各生命に対して一時的な自分を投影できるようになってください。」

これってどういう意味でしょう。

 

恐縮ですが、ちょっと本を読んだので、私見解説です。

 

 

各生命は、自分が投影したスクリーンを見る、ということですね。

 

投影したスクリーンに、欲や怒りが投影されていたら、各生命はそんなもの見たくないでしょうね。

 

 

「自分のことを気にしすぎる」とか、「自分探しをしなくっちゃ」とか、「自分のこういう部分をなおしたい」とか、そういったバリバリの自我の投影も、各生命は見たくもないでしょうね。

 

観察して、そのつど、そのつど、するべきことをするべきなんでしょうね。

で、最後は慈悲で仕上げれば最高でしょう。

 

そういったスクリーンなら、各生命が目にしても大丈夫でしょう。

 

本では

「自分をなおす」のではなく、「きちんと観る」こと、と結んでいます。

 

 

 

 

 

スクリーンに貪瞋痴が混ざらないように注意です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え