oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

48 細胞がやっているのは、伸びと縮みだけ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

前略

(細胞は)本当は伸びると縮むだけなのに、細胞について考えてみても、いったい40兆の細胞のうち、どの細胞が「私」と言えますか。この爪はあなたですか?いえ、これは爪であって私ではありません。髪の毛の細胞があなたですか?いや、髪の毛は髪の毛であって、私ではありません。40兆の細胞一つひとつについて聞いてみたら、私は消えます。一つも私ではありません。

 

私見です

 

まっさきに思い浮かべる本は『勝利の経』ですね。

 

体なんてしょうもない、体のどこに自分なんてある?

 

体なんて、不浄だし、死んだら邪魔になるし

 

 

 

自我にガツンです。

 

 

引用

勝利の経 Vijaya suttaṃ (Sutta nipāta I_11)

  • 193.
  • Caraṃ vā yadi vā tiṭṭhaṃ, nisinno uda vā sayaṃ;
    チャラン ワー ヤディ ワー ティッタン ニスィンノー ウダ ワー サヤン
    Sammiñjeti pasāreti, esā kāyassa iñjanā.
    サンミンジェーティ パサーレーティ エーサー カーヤッサ インジャナー
    歩く、立つ、座る、横たわる、伸ばす、縮む。身体の動きはこれだけです。
  • 194.
  • Aṭṭhīnahārusaṃyutto, tacamaṃsāvalepano;
    アッティーナハールサンユットー タチャマンサーワレーパノー
    Chaviyā kāyo paṭicchanno, yathābhūtaṃ na dissati.
    チャヴィヤー カーヨー パティッチャンノー ヤターブータン ナ ディッサティ
    (この身体は)骨と腱で組み立て、肉と皮膚で舗装されている。
    皮膚に隠れているのでありのままには観られない。
  • 195.
  • Antapūro udarapūro, yakapeḷassa vatthino;
    アンタプーロー ウダラプーロー ヤカペーラッサ ワッティノー
    Hadayassa papphāsassa, vakkassa pihakassa ca.
    ハダヤッサ パッパーサッサ ワッカッサ ピハカッサ チャ
    身体は腸に充ち、胃に充ち、また、肝臓の塊・膀胱・心臓・肺臓・腎臓・脾臓があります。
  • 196.
  • Siṅghāṇikāya kheḷassa, sedassa medassa ca;
    スィンガーニカーヤ ケーラッサ セーダッサ メーダッサ チャ
    Lohitassa lasikāya, pittassa ca vasāya ca.
    ローヒタッサ ラスィカーヤ ピッタッサ チャ ワサーヤ チャ
    (この身体には)鼻汁・唾液・汗・脂肪・血・関節液・胆汁・膏がある。
  • 197.
  • Athassa navahi sotehi , asucī savati sabbadā;
    アタッサ ナワヒ ソーテーヒ アスチー サワティ サッバダー
    Akkhimhā akkhigūthako, kaṇṇamhā kaṇṇagūthako.
    アッキンハー アッキグータコー カンナンハー カンナグータコー
    またその九つの孔からは、常に不浄物が流れ出る。目からは目やに、耳からは耳垢、
  • 198.
  • Siṅghāṇikā ca nāsato, mukhena vamatekadā;
    スィンガーニカー チャ ナーサトー ムケーナ ワマテーカダー
    Pittaṃ semhañca vamati, kāyamhā sedajallikā.
    ピッタン セムハンチャ ワマティ カーヤンハー セーダジャッリカー
    鼻からは鼻汁が出る。口からはあるときは(食べたものを)吐く。
    またあるときは胆汁を、あるときは痰を吐く。全身からは汗と垢とを排泄する。
  • 199.
  • Athassa susiraṃ sīsaṃ, matthaluṅgassa pūritaṃ;
    アタッサ ススィラン スィーサン マッタルンガッサ プーリタン
    Subhato naṃ maññati, bālo avijjāya purakkhato.
    スバトー ナン マンニャティ バーロー アヴィッジャーヤ プラッカトー
    またその頭蓋骨の空室は脳髄に充ちている。
    しかるに愚か者は無明に誘われて、身体を清らかなものだと思いなす。
  • 200.
  • Yadā ca so mato seti, uddhumāto vinīlako;
    ヤダー チャ ソー マトー セーティ ウッドゥマートー ヴィニーラコー
    Apaviddho susānasmiṃ, anapekkhā honti ñātayo.
    アパヴィッドー スサーナスミン アナペッカー ホンティ ニャータヨー
    また身体が死んで横たわるとき、膨れて、青黒くなり、墓場に棄てられる。
    親族もこれを顧みない。
  • 201.
  • Khādanti naṃ supānā ca, sigālā ca vakā kimī;
    カーダンティ ナン スパーナー チャ スィガーラー チャ ワカー キミー
    Kākā gijjhā ca khādanti, ye caññe santi pāṇayo.
    カーカー ギッジャー チャ カーダンティ イェー チャンニェー サンティ パーナヨー
    犬や野や狐こや狼や虫類がこれを喰らい、烏や鷲やその他の生き物がこれを啄ばむ。
  • 202.
  • Sutvāna buddhavacanaṃ, bhikkhu paññāṇavā idha;
    ストゥワーナ ブッダワチャナン ビック パンニャーナワー イダ
    So kho naṃ parijānāti, yathābhūtam hi passati.
    ソー コー ナン パリジャーナーティ ヤターブータン ヒ パッサティ
    ブッダのことばを聞いて、智慧ある修行者は、この(身体の)ことを完全に了解する。
    あるがままにのみ観る。
  • 203.
  • Yathā idaṃ tathā etaṃ, yathā etaṃ tathā idaṃ;
    ヤター イダン タター エータン ヤター エータン タター イダン
    Ajjhattañ ca bahiddhā ca, kāye chandaṃ virājaye.
    アッジャッタン チャ バヒッダー チャ カーイェー チャンダン ヴィラージャイェー
    〈かの死んだ身も、この生きた身のごとくであった。この生きた身も、かの死んだ身のごとくになるであろう〉と、自分の身体に対する欲をも、他人の身体に対する欲をも、離れるべきである
  • 204.
  • Chandarāgaviratto so, bhikkhu paññāṇavā idha;
    チャンダラーガヴィラットー ソー ビック パンニャーナワー イダ
    Ajjhagā amataṃ santiṃ, nibbāna padamaccutaṃ.
    アッジャガー アマタン サンティン ニッバーナ パダマッチュタン
    愛欲を離れた智慧ある修行者は、不死・平安・不滅なるニッバーナ(涅槃)という最高の境地に達した。
  • 205.
  • Dipādakoyaṃ asuci, duggandho parihīrati;
    ディパーダコーヤン アスチ ドゥッガンドー パリヒーラティ
    Nānākuṇapa paripūro, vissavanto tato tato.
    ナーナークナパ パリプーロー ヴィッサワントー タトー タトー
    不浄で、悪臭を放つ、この身体を人間が守っている。
    種々の汚物が充満し、ここかしこから流れ出ている。
  • 206.
  • Etādisena kāyena, yo maññe uṇṇametave;
    エーターディセーナ カーイェーナ ヨー マンニェー ウンナメータヴェー
    Paraṃ vā avajāneyya, kimaññatra adassanāti.
    パラン ワー アワジャーネッヤ キマンニャトゥラ アダッサナーティ
    このような身体をもちながら、自分を偉いものだと思い、また他人を軽蔑するならば、かれは〈観る能力が無い〉という以外の何だろう。

 

最後の部分が効いてます。

このような身体をもちながら、自分を偉いものだと思い、また他人を軽蔑するならば、かれは〈観る能力が無い〉という以外の何だろう。

 

不浄の塊のくせに、自分を偉いと思い、他人を軽蔑するなんて、バリバリの私(自我)の塊で、おバカさん、ですね。

 

お釈迦様の「おバカさん」の指摘はすごく鋭いです。

 

 

体なんて、ただの部品の集まりじゃん・・・。

 

 

話は逸れますけど、部品も役に立つことがあります。

以前、書いてました。

www.jataka.info

 

部品とは血液のことです。

 

体を使った行為ですけど、うむ、たぶん貪瞋痴は少ないかな、と思います。

 

 

体はいずれ捨てるものですけど、役に立つことに使いたいですね。

 

 

 

 

体のどこに私がある?

と聞いてくる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え