ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

49 自分が感じた主観は、客観的事実ではない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

前略

人間にあるのは主観のみで、客観的な事実ではないのです、しかし私たちは、主観でただ自分が感じたことを事実だと思って、いろいろな哲学や学問までつくっています。自分の主観を持って、「私がいる」という概念を持って、我々はあらゆるものを比べていく。比べることによって、また新しいエネルギーが生まれてきます。「私が」良いか悪いかを判断したところで、「ではどうすればいいか」という問題に対して、行動を起こしてしまうのです。そのようにして、自分の主観の基づくでたらめな行動が止まらなくなるのです。

 

私見です

 

よく、会話で「私が思うに・・・・」とか「私だったら・・・」とか「私なら・・・・」なんて、よくあります、私もつい使ってしまいます。

 

どれも主観的だし、デタラメな行動の始まりですね。

 

私も含め、個人でデタラメな行動をする分は、デタラメといっても、他人に迷惑をかけない、倫理、法律に触れない、かわいいデタラメだったらいいのですけど・・・。

 

企業が 「ん? これなに?」ということをすることもあります。

 

飲料メーカーのレッドブルの大きな新聞広告

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なんつーか、根拠のない感情に訴えた言い方で、バリバリに自我を助長しています。

 

まず、何が悪いことで、善いことなのか示していません。

 

広告の目的は、消費者の心身の心配をするよりも、商品が売れればいいので、その目的だったら、納得します。

 

私も含め人間は個人でもデタラメなことをしようとするのに、ネットや新聞、テレビでも、けっこう、「ん?」というのを目にします、気を付けなくてはです。

 

 

 

個人的には(これも主観の主張のひとつですけど)「悪いことはしない」を注意を払って生活していくことが大事かな、と思っています、それでなくても、いつのまにか悪いことに陥ってますから・・・。

 

 

デタラメな行動をしていることを教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え