ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

56 自分が菩薩になれば幸福感でいっぱいになる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

自我を捨てた瞬間に、人間はたちまちすごくなれるのですよ。

信じられないほど尊くなるのですね。

自分が他を心配する菩薩になって瞬間になんでもできるんです。

後略

 

私見です。

 

テーラワーダでは、あまり「菩薩」という言葉は出てきません。

大乗仏教では、けっこうなスーパースターになってます。

 

で、いろいろ探して、「菩薩」が出てくる物語を見つけました。

 

ジャータカ物語です。

息子に死なれた菩薩のお話ですね。

j-theravada.net

 

 

上記の物語を読んで

「この家族は冷たいなあ」と思ってしまいそうですけど、仏教を学ぶと、この家族の通りになりますね。

 

私は、同じにできるかどうかわかりませんし、悲しみに囚われるかもしれませんが、でも、「これからどうすればいい」かということは考えられそうです。

 

上記より引用

死を認める人は、とても明るくて活発的なのです。しかし、この世のものに対しては、執着や未練を粘り強く持っているわけではありません。親しい人の死に出会っても、泣いて悲しんで無気力になるのではなく、瞬時に「これからどうするべきか」と考えるのです。自分の死も、生が短いと分かった時点で、そこまで有効に生きるためにはどうすれば良いのかと考えるのです。執着がない代わりに、無駄な生き方だけはしないのです。

 

 

 

 

 なるんだったら、このジャータカ物語の菩薩ですね。

 

 

今日は「ジャータカ物語」に行きついてしまいました。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え