oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

60 悩むのは愛着があるから 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「愛別離苦」が人生です。「怨憎会苦」が人生です。生きることはつらいものなのです。しかし、だからといって、悩む必要があるでしょうか。人がなぜ悩んでしまうのかというと愛着の問題です。

例えば、誰かが「家一軒、壊れましたよ」と騒いでいたとします。それだけなら無関心でいられます。驚きもしません。

しかし、「壊れたのはあなたの家ですよ」と言われたら、その瞬間に気が遠くなって、立ち直ることもできなくなります。

問題は愛着にあるのです。

 

ひねくれた私見です。

 

うむ、逆に言えば、愛着がなければ問題は無いのですね。

 

自分の家が火事で燃えてしまった。

 

家が火事で燃えるというのは、まあ、よくあることで、ニュースなんかで死傷者が出なければいいな、と思って見てます。

 

「家が火事になる」というのは、本当は問題ではないのですけど・・・。

 

「自分の家が火事」というと、自分が問題にしてしまうのですね。

 

「わー、どうしよ、どうしよ」ってな感じで。

 

で、ひねくれてますので・・・。

 

「あ、ははは、燃えてしまった、今夜は親戚んちに泊まろうか、明日からアパートでも探そう」というと、問題は無いのですね。

 

 

 

うむ、私にとってもっと深刻な例にします。

 

例えば、家人がいきなり死んでしまった。

 

家人も私も、いきなり死ぬということはあり得ます、生命はいずれ死ぬのですから、死ぬということに、本当は問題はないです。

 

で。

「亡くなってしまった、明日から新しい嫁さんを探そう」・・・・なら、問題はないのですけど。

 

そうはならないですね。

 

ガンガン愛別離苦が襲ってきそうです。

問題になってしまいました。

 

 

うむ、ここで、お釈迦様の苦の定義というか、お話を読んだほうがよさそうです。

石飛先生の訳です、じっくり読みたいです。

『サンユッタ・ニカーヤ』56.11(PTS Text,SN.Vol.V,pp.420-424)
漢訳:雑阿含経 三七九 轉法輪經(『大正蔵』二、一〇三下~一〇四上)

manikana.la.coocan.jp

 

コンダンニャ尊者が了解しました、お釈迦様は嬉しかったのでしょうね。

 

で、お経の中には中道、四聖諦などのお話が出てきます。

 

四聖諦のうち、苦聖諦は苦の定義みたいに読めます。

上記リンクより引用

【苦聖諦】
5. 比丘たちよ、じつに、<これ>が、苦しみなる、聖なる真理である。  生も苦しみであり、老いも苦しみであり、病気も苦しみであり、死も苦しみである。愁・悲・苦・憂・悩も、苦しみである。
 怨憎のものに会いかかわるのは、苦しみである。愛するものとの別離は、苦しみである。求めたものが得られないのも、苦しみである。要するに、五取蘊(人間を構成する五つの集まり)は、苦しみである。

 

 

うむ、よく読むと、ぜーんぶ「苦」だということがわかります。

愛別離苦もあります・・。

 

で、次の集聖諦には、苦の原因が書いてあります、お釈迦様は親切です、わかりやすいです。

 

引用

【集聖諦】
6. 比丘たちよ、じつに、<これ>が、苦しみの原因なる、聖なる真理である。
 再生をもたらし、喜びと貪りをともない、あちこちで歓喜に満たされる渇愛である。これは次のようなものである。欲の渇愛と有(生存)の渇愛と無有(生存のないこと)の渇愛である。

 

 

うむ、渇愛(タンハー)は3つあるのですね。

せっかくだから渇愛(タンハー)のお話。

下記リンク

j-theravada.net

 

上記リンクより引用、苦の原因と渇愛の定義です。

 

Idaṃ kho pana, bhikkhave, dukkhasamudayaṃ ariyasaccaṃ – yāyaṃ taṇhā ponobbhavikā nandīrāgasahagatā tatratatrābhinandinī, seyyathidaṃ – kāmataṇhā, bhavataṇhā, vibhavataṇhā.

これは、ビクらよ、苦しみが現れてくる過程についての聖なる真理です。
苦は、渇愛から生じます。渇愛は、再成し続け、喜びと愛着をともない、いつでも心の気に入る、という三つの特色をもち、五官を刺激したい、存在したい、壊したい、という三種類の欲で成り立っています。

(律蔵大品「転法輪経」)

 

 

 

渇愛は再生し続け、喜びと愛着を伴い、いつでも心の気に入る、という3つの特性がある。

 

「再生し続け」というと、輪廻とともについてくるのでしょう、止まることなく続きそうです、ヤバイです。

 

 

で、渇愛は、5官を刺激したい、存在したい(生きていたい)、壊したい(殺したい、自殺したい)の3種類があるのですね。

 

 

うむ、「火事とか」、「死んでしまう」、とかいう現象に本来なんの問題もないのですけど、ここに渇愛が入ってしまうと、苦になり、問題になってしまうのですね。

 

とはいうものの、自分のとっての「苦」「問題」なのでしょうけど。

うむ、これも自作自演なのでしょうけど・・・。

 

いまだに自作自演から逃れてませんね。

 

 

問題はどこにありますか?ときいてくる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え