ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

65 老いないようにとの期待こそが苦しみ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

だいたいの人は、三十、四十、五十歳ぐらいで「年は取りたくない」などと思い始めます。しかし、本当は生まれた瞬間からずっと老いてきたのです。いまさら「年はとりたくない」と思っても、「老いないでくれという、この期待は叶いませんよ」とお釈迦様は言います。さらに、「叶わない期待を持つことが、すごい苦しみなのです。年をとることや老いること自体は、本当は『苦しみ』ではありません。『老いないように』との期待こそが苦しみなのです」」と説かれるのです。

 

私見です。

 

生老病死は、なんていうか、生命の現象なので、生命の現象にすぎないので、これのどこが「苦しみ」なの?

 

うむ、「若さ」は、ずーっと持ち続けることはできませんよ。

 

 

副読本より引用

 

 

 

引用

苦をつくる「私のもの」という無智

「私の」という言葉が、我々に苦しみをつくるのです。「私」とはなんですか?たくさんの細胞がそれぞれ「生老病死」をしているだけで、細胞一個一個は「私」ではありません。瞬間、瞬間、壊れていく細胞が集まっている「私」は、現象の流れにすぎません。何か固定的な「私がいる」ということは成り立ちません。まして「私のものがある」と思うことは、極まりなく無智の証拠です。

 

 

うむ、結局は自分、自分、で自分中毒で、自分がかわいいんですよ。

 

まだ、健康サプリ巡りをしているぐらいだったら、かわいいのですけど・・。

 

 

自分中毒が行き過ぎるとバカなことも起こります。

例えば、医療従事者への偏見とか

https://www.mhlw.go.jp/content/000622822.pdf

 

「自分さえ良ければいい、それ以外は迷惑だ」なのでしょう。

「私は無知でおバカさんです」、と自称しているようなものです。

 

 

本当ならば、理性と慈しみで見れば、医療従事者の方に対しては「ごくろうさまです、何かできることはありませんか?」です。

 

 

 

 

もう感染経路がわからないので、もう誰がなってもおかしくないです、コロナウイルスは人を媒介として増えようとしているだけなので、これはただの生物的な現象にすぎないです。本当は「苦」はないのですね。

 

で、やるべきことは、公衆衛生のルールを守り、理性と慈しみが大事だと思います。

 

 

 

我々はひどい自分中毒状態だし、なかなか身体の心配から逃れられない、ということを教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え