ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

66 苦がなければ何一つ存在しない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

この世の中、苦がなければ何一つ存在しません。もし、この世の中に何かに感謝することがあったら、苦に感謝してください。たとえば、奈良や京都に行って、仏像を拝んだりしたときに、「なんてありがたい仏様でしょう」と思ったとしたら、苦に感謝してください。苦があるから、仏像が現れたのですから。でないと現れません。「いろいろなものがってありがたい」と、日本の文化に感謝いっぱいで生きているならば、苦に感謝してください。なんてすばらしいのでしょうか、ありがたいなあなどと思うものは全て苦のおかげです。

 

 

上記は下記の本からの引用になります。

 

 

 

話は変わりますが、この本の出版元のサンガさんが裁判所に破産手続きを申請しました、内情はわかりませんけど、破産手続きだと外部の方が資産を整理しますので、会社の持っている知的財産全般の行く末がわからなくなる可能性があります、せめて民事再生とか、会社更生とか、他の道が無かったのかな?

 

あまりにも突然だったので、個人的には残念だと思ってます。

 

というわけで、サンガさんの書籍も、書店や、ネット書店の在庫、もしくは中古本、もしくは電子本とか、限られた在庫になりそうです。

 

欲しい本があったら、早めに手に入れたほうがいいかもしれません。

 

 

 

 

いかん、いかん、脱線しました。

 

私見に戻ります。

 

上記の項で「苦」はおしまいになります。

「苦に感謝」ということで終わりそうです。

 

すみません、なんか物足りません。

 

 

 

上記の本『苦の見方』を参考にします。

この本は、日常生活における、苦へのアプローチのヒントが書いてあります、理性、慈しみ、生きる勉強、苦へ感謝、観察・・・。

 

生きることは苦ですけど、貪瞋痴に陥らないようにするヒントですね。

 

下記は興味あるヒントの一つです。

 

引用

一つの苦を選択する

いくつかの苦しみから一つ選択してくださいというのが、仏教的な正解です。みんな、「学校に行きなさい」と言うでしょう?「勉強しなければだめでしょ」「勉強したら役に立つんだから」「いい仕事が見つかります」・・・・。いいえ、そんなのはぜんぶ嘘です。勉強したからって、役に立ちません。勉強したからって、必ずいい仕事が見つかるなんてこともありません。

実際、役に立たないことばかり勉強しているでしょう?どうして周囲の大人たちは嘘をつくのでしょうか。本当のことを言えばいいのに。「あれも苦しい、これも苦しい。だからひとつ選ばなくちゃいけない。もう逃げられない。生きているんだから、苦からは逃げられない」と。

その不登校の子に理性が現れたなら、答えは簡単です。いくらなんでも「じゃあ閉じこもることにするぞ」とは決められません。このままずーっと部屋の中にはいられませんからね。だったら苦しくても学校に行くしかない。というのが結論なのです。そこに行くと決めたならば、覚悟しても行きますますから、忍耐力があります。はじめから「学校に行ったら苦しい」という覚悟があるので、へっちゃらです。

 

 

日常生活では、なにかしら選択がありますね。

でも、どれも「苦」です。

どれをえらんでも「苦」ですから、どうせ選ぶんだったら、なんて言えばいいのでしょうか、貪瞋痴から遠い「苦」を選びたいですね。

自滅を早める苦はなんだかダメです。

 

 

 

苦の項は本日でおしまいです。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え