ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

89 精進すれば達せられないものはない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

お釈迦様は修行のことを、戦争に行って戦うことにたとえられています。生半可な気持ちでやるならば、勝利に達することはできません、という意味です、修行自体はとても簡単で、シンプルです。けっして苦行ではありません。やりやすいのに、すぐやめたくなるのです。

心の中に千五百の煩悩が潜んでいるのです。煩悩は人を苦しみに陥れる、幸福、安らぎ、安穏の敵なのです。煩悩は自分の心を侵攻しているのです。ですから。修行は最前線で戦うことにたとえられています。修行ではわずかでも苦行になることはありません。嘘をつかないことは簡単です。妄想をやめて落ち着いていることも簡単です。嘘をつく、殺生をする、妄想することなどは、ややこしくて難しいです。

しかし、煩悩に侵攻されている心が、道徳を守ること、妄想をやめることなどは、ぜったい無理な実践であると勘違いしているのです。そこで精進することが欠かせないのです、精進する人が究極の幸福に達するのです。

 

私見です。

前野隆司先生の『幸せのメカニズム』から引用した図です。

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上記の図でいくと、煩悩って、✖印の部分と重なりますね。

 

✖印の説明です

 

「フォーカシングイリュージョン」

妄想に焦点を合わせている、いつも妄想している状態でしょうか・・。

 

「地位財」

他人と比較することで満足を得られる財。所得・財産・社会的地位・物的財など。

慢からくる満足感、幸福感というところでしょうか・・。

 

あとは、いろんな欲ですね。

 

 

人間って〇印のことはやろうとせずに、✖印のことばかりやろうとします。

 

で、よく考えると✖印のことって、維持するのが面倒くさそうです、で、やったところでキリがなさそう。

 

 

で、脱線して申し訳ないですが・・・。

 

30代の後半まで、バカみたいに飲酒してました。

飲酒するということは、店にお酒を買いに行かなければならないし、おつまみも必要だし、居酒屋に行けばけっこうなお金を使います、で、飲みすぎたら翌日に差し障りがあったりします、家族から白い目で見られることもあるかもしれません、健康を害して病院に行くことになるかもしれません、で、悪いことに飲酒ってやめにくいんですよね。

 

飲酒って、けっこうややこしくて複雑なことを、私に強いていたのですね。

本当は苦しんでるのに楽しみを求めていると錯覚する・・・十分にややこしいことをしてますね。

 

煩悩の怖いところです。

 

 

 

で、やめました、上記のややこしいことは全部消えてしまいました。

 

私も含め、ほとんどの方は、悪い結果になるのはわかりきっているのに、ややこしいことをやろうとしています、ややこしくないと思うところが煩悩の怖いところです。

 

先生の言うところの修行イコール戦争という感覚にはなっていませんが、せめて✖印の行為は抑えて、〇印のほうを励みたいですね。