oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

92 人生の舵を操作するのは自分 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

業は自分の力で働くことはできません。心の意思と環境の影響の下で働くのです。業をそれほど気にする必要はありません。清らかな意志を抱くこと、善い環境を選ぶことで、業は善い結果を出してくれるのです。

よく学んで善と悪は何かと理解して、向上心を持って、意思を育てましょう、たとえ元の業が弱くても、幸福に生きることができます。生きるという舵は、意志が握っているのです。船は舵の操作に従っているのです。船とは業です。舵とは意志です。

 

私見です

 

うむ、善悪の判断はすごく大切だと思います。

 

 

で、先生は意志という言葉を使っています。

 

意思もありますし

意志もあります。

 

先生はどういう意図で意志という言葉を使ったのでしょうか?

うむ、わかりません。

 

 

舵が意志で、船が業だとおしゃってます。

うむ、一般の方向けの比喩かと思うのですが、かえって業の意味がぼやけるような感じがします。

 

 

 

 

 

昨日は

業は行為だと説明しました。

 

下記の本を参照

 

 

 

で、せっかくなので、もっと詳しく学んでみます

 

下記の本

 上級レベルがあるのですよ。

 

 

本から引用

 

業の意味

 

業とはパーリ語で「行うこと」という意味です。

その行うことという業は、三種類あります。

 

A)身体によって行うこと=身業

B)口による行うこと=口業

C)心による行うこと=意業

 

業が生じるためには思(チェータナー)が基礎になります。

中略

業は身・口・意の名前の元です。しかし身・口・意の行為は思によって完成、成功するので、原因である思を業と呼んでいます。

 

チェータナーは、私の能力では説明できないです・・・。

 

上記の本の気になる部分を引用

 

長く受ける強い業の力

業の性質は微妙です。力や能力も大きいです。どのような生き物であっても考え、話、行うことすべては、考えたあと、話したあと、行ったあと無くなってしまったと考えます。しかしそうではなく、考え、話し、行いが終わったあとであっても、その考えたとき、話したとき、行ったときの思の力、能力によってそれらは消滅することなく続けて働いています。

 

うむ、思 身口意で業が行われ、そのあとも続くのですね。

 

思、身口意は自分の管轄です、でもそのあとは、自分の手から離れてしまい、自分の管轄外で起こっているような気がします。

 

 

 

うむ、とりあえずは、自分の管轄内の思と身口意をきちんとやらねばですね。

 

うむ、できることといえば

五戒を守ることと、10の悪いことをしない、ということになりますね。

 

身体による邪悪な行為3つ

生命を殺す

 

身振りないし言葉を使って与えられていないものを奪う

 

誤った性行為

 

 

言葉を使った邪悪な行為4つ

嘘をつく

 

友人や愛する人たちを仲たがいさせる

 

罵倒する言葉、下品な言葉

 

無駄話、自分のためにも他社のためにもならない言葉

 

 

心による邪悪な行為3種

貪欲

 

悪意

 

誤った見方

 

 

 

管轄外は放っておいて、自分でできることをしっかりやってみたらどうですか、とおしゃってる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え