oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

93 大事なのは行為の業 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

業には、意味が二つあります。「業(カルマ)」といえば、行為という意味も、結果という意味もあるのです。一つか過去で、もうひとつは行為です。

一般の方々は、業の二つの意味のうち、過去ばかり気にします。しかし、過去はどうにもなりませんし、わかりもしないのです。

やるべきことは、結果が出たあとの行為に気をつけることです。次に、どのように意志という舵を操作して前に進むのか、ということです。「次にあなたはどうするのか?」ということだけが重要な問題です。いつでも皆さんの頭の中に、「では、どうしましょう?」という質問を入れておいてください。過去の業は無視する、放っておくことにするのです。

過去ではなく、常に「今、こうなってしまったから、どうしましょう?」たったそれだけに集中します。個人個人がそれを常に考えて行動すれば、物事はものすごくうまくいくのです。「ああ、大変だ。大変なことになっちゃった。どうしよう」ではなく、「では、この場合はどうしましょう?」と、次の行動に進むのです。

 

私見です。

 

『一瞬で心を磨くブッダの教え』は、先生が一般の方にもわかりやすいように書いた本です、でもよく読むと仏教がてんこ盛りです。

 

てんこ盛りなので、副読本の助けをかりることもあります。

 

最近の副読本はこれ。

 

 

 

テキストでは、業には過去のものがある、とあります。

 

副読本では、過去業、現在業の話が出てきます。

 

P.190より引用

業という言葉の中には、過去業と現在業の二種類が含まれています。有、輪廻は大変長い歳月なので輪廻の始まりを知ることはできません。それくらい長い輪廻において、全ての衆生はいろいろな有、生存においていろいろな業を行ってきました、そして行っています。

 

で、過去業の話とともに

 

自在化作因説と呼ぶ創造主の力を信じる人たち

 

宿作因見のある人たち

 

無因説

 

以上3つの話が出てきます、荒っぽい解釈で恐縮ですが、業の結果を信じない人々のことですね、つまり因果説を否定する人々のことです。

この世は、以外と因果説を否定する人々にあふれています、思い知りました・・。

 

ご興味のある方はぜひ本書をお買い上げください。

 

 

 

この副読本からさらに引用します。

 

過去現在の業二種

仏教徒は業と業の結果を信じており、業とは過去業、現在業の二種類が含まれます。過去業によって得難い人間の生を得ました。容姿、四肢、特徴がそろっています。もし過去業が悪ければ人間の生という善趣を得ることができません。地獄、畜生などの生を得るでしょう。過去業によって善趣、人になったのです。

 

過去業については、「人間の生を得た」ということだけで充分だと思います。

善業を積んだのですね。

 

で、過去業の話はこれでおしまい、(もう考えないで)

 

 

いま、自分の持っている能力を使って行為(業)を為さなければならないのですね。

 

私の場合、パッと思いつくのは

五戒を守り、悪いことしない。かな・・。

 

 

 

うむ、とても良い本です。

最上級レベルもあるとのこと、新生サンガさん、ぜひ出してください。