oldmanbuddhist

テーラワーダ仏教を地味に勉強してます、そのメモ書きになります、きちんと学びたい方には参考にならないです、ご了承願います。

94 何かの心が生まれたら、結果の心が必ず生まれる 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

我々は必ず、、先に心に思ってから、何かを行為します。

何かをすると、それによって必ず、、そのポテンシャル(潜在力)が残ります。このポテンシャルを「業・カルマ」と呼んでいます。

何かをしたら、それには必ず、次に何かの結果が現れます。

いつでも必ず、一つの行為は次の行為を生み出すのです。業・カルマとは、行為の、結果を生み出す潜在力です。

後略

 

私見です

 

参考書はやっぱりこの本

西澤先生の勉強会は、今、基礎レベルをやっていますが、上級レベルも楽しみです。

 

 

 

またまた、復習ですけど

 

業は「行うこと」という意味です。

で、行うためには「思」チェータナーが基礎になります。

で、チェータナーには、前思、譲渡思、後思の3つがあり、思の押す力なのですね。

 

92の話で、先生は船は業、舵は意志、とおしゃってました。

 

一般の方にもわかりやすいように、「思・チェータナー」に「意志」という言葉を当てはめたのでしょう。

 

でも、しっくり来ないのです。

 

私見ですみません。

 

船は自分自身です。

で、舵とエンジン(推進力)はチェータナーです。

 

乱暴な航行をすれば沈没するかもしれないし、舵とエンジンで安全な航行をしなくては、ですね。

 

 

「思を基礎にして身口意の行為」イコール「業」 です。

で、行為をした後の話になりますね。

参考書を引用

長く受ける強い業の力

業の性質は微妙です。力や能力も大きいです。どのような生き物であっても考え、話し、行うこと全ては、考えたあと、話したあと、行ったあと無くなってしましったと考えます。しかしそうではなく、考え、話し、行いが終わったあとであっても、その考えたとき、話したとき、行ったときの思の力、能力によってそれらは消滅することなく続けて働いています。

 

で、条件が揃うとまた出てきます、完全に消すことができないとのことです、詳しく知りたい方は本をお買い上げください。

 

上記のことをポテンシャルとおしゃっているのでしょうか?

 

 

 

荒っぽい解釈で申し訳ないのですけど・・。

 

やってしまったことは、もう自分の手を離れてしまっているのですね。

例えば人を殺すと・・。

今世では短命になるかもしれないし、長生きしても、来世で殺されるかもしれないし。

 

殺したのは自分の行為です、で、自分の手を離れて、長い時間、もしくは短い時間で、条件が揃ったら、消えることなく業の芽が出てくる、ということです。

 

うむ、自分のやったことは消えることがない、これって怖い話です。

ということは、結局、自分の手を離れていないのです、長い時間をかけて自分の行為は続いているのです。

 

「行為」イコール「業」です。

 

 

 

 

毎回、同じオチで恐縮ですけど

 

五戒を守り、悪いことはしない・・・は大事であると実感します。

 

 

うむ、業の話が続きます。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え