ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

96 人を管理することは簡単ではない 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

生かされていると感じたことがあるでしょう。それは業の動きです。生命には、じっとしてはいられない、何かをしなくてはいけないという衝動があります。自分の性格、価値観、習慣、ものの見方などによって、「何かを知らない」という気持ちが、「〇〇をします」というふうに具現化します。これを「業自性」といいます。業が「個」を作るのです。

他人を管理するとは、他人の業を管理することになるのです。それが不可能といえるほど難しいのです。納得しない限り、人は自分の生き方を変えません。自分が産んだ赤ちゃんであっても、母親の希望通りに成長しません。

個人には個性があります。個性が業の結果です。自分の個性を改良したいならば、それは自分自身でやらなければならないのです。しかし、人は業の働きを知らないので、他を管理しようとする。支配しようとする。結果は、人間関係がこじれてしまうのです。管理者も、管理される側も苦しいのです。他を管理することが不可能に近いほど、そうとう難しいものだと理解しておきましょう。「業自性」という真理です。

 

私見です

 

細かいこと言ってすみません

 

「業自性」という言葉が見つかりません。

 

「業自性智」という言葉はあります。

上記は、以前やったアビダンマの勉強会で、「業の性質を知る智慧」という意味とのことでした。

 

だから「業自性」は、「業の性質」という意味ですね・・・。たぶん。

 

で、勉強会では、業自性智と過去宿作因見の話が出ています。

 

宿作因見

下記の本より引用します。

 

 

引用

宿作因見のある人たち

過去業を信じないように、過去業を一方的に信じている人んもいます。その人たちのことを「宿作因見のある人たち」と呼びます。生じたこと全て現在の善い結果、悪い結果が過去生で行った業によってのみ生じている。今生の中でどんなに努力したとしても、それ以上の高い生を得ることができるわけないと、過去業のみを頼りにして、拠り所としています。そのような人たちはどのような努力も為さないことによって、生の進歩などが衰退破壊してしまいます。

 

 

 

先生は、何か深い意味があって業自性が個を作る、とおしゃっているのかもしれませんが、私自身、業の理解だけで精一杯で、他人の業を管理するとか、支配するという話まで頭が回りません。

 

でも、業自性智と宿作因見の話はわかります。

宿作因見に囚われると、今生の努力を怠るのでしょうね、かなりヤバイと思います。

でも、世間で言われる宿命論とか、運命論って、宿作因見っぽいです。

けっこう宿作因見は、意識しないまでも日常的にやっている方が多いのではないでしょうか。

 

仏教やると、宿作因見って、かなりヤバイです、それだけはわかります。

 

 

日常のヤバイことを教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え