ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

97 個人差はカルマによるもの 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

みんなが心を持っていて、心はみんな、認識する働き「心」としては同じなのですが、心の持つポテンシャルは、人それぞれ違います。

同じ家族の兄弟姉妹として生まれても、生まれた子どもたち一人ひとりが持っている心のポテンシャルは、それぞれ違います。

今生で同じ家族の兄弟姉妹として生まれても、生まれるまでの経験が違うのからです。

個人差というものは、ここから生まれてきます。

ある人は暑いのが嫌い、別の人は寒いのが嫌いと言います。ある人は肉が嫌い、別の人は魚が嫌いと言います。

怒りっぽい人や頭の良い人、音楽好きな人など、いろいろな区分が一人ひとりにあります。

我々がアイデンティティなどと偉そうに言っているこのような個人差は、実は、心のポテンシャル・カルマから生まれる物質エネルギーなのです。

 

私見です

 

一般の方にもわかりやすく「ポテンシャル」という単語を使ったのかもしれないですし、個人差の説明に業が使われています。

 

業は行為なので、過去にやったこと、現在やっていることが、消えずに続いています、なにかしらの結果が与えることがすぐ出てくることもありますげど、条件が揃わない限りずっと出てこないものもあるかもしれません。

 

個人個人が、過去、現在、行っている行為はそれぞれ違いますので個人差は生じてきますね。

 

行為もすぐに結果を与えるものなら、わかりやすいですけど、今生でも出なくて来生に出てくるかもしれない、いずれにせよ現在は見ることができない、これをポテンシャル(潜在的)とおしゃっているのかしら?

 

 

先生もあらゆる経典に当たることで「ポテンシャル」という言葉を見つけたのでしょう。

 

「心のポテンシャル・カルマから生まれる物質エネルギー」

つまり、「チェータナーを基礎として身口意で実際の行為を行った」という意味かな?と思っています。

 

無い頭で考ることは、このあたりが限界です。

 

でも、結局は、「五戒を守り悪いことはしないこと」という結論になりますね。

 

 

「行為」に注意です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え