ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

99 業は借金と同じで責任がある 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

業というのは、自分の行為の責任を持たなければいけないということです。

行為は、絶対的にその人ものもになっています。時間がたっても、無常だと言っても、それは効かないのです。

行為は借金と同じなのです。

借金という行為は、お金を借りたという一回の行為にすぎませんが、借りがあるということは、返さないかぎりは、ずっと続くのです。

中略

同様に業から逃げることはできません。自分が行った行為には、自分に責任があります。自分の行為の結果は、自分で背負わなくてはいけないのです。

 

私見です

 

以前受けた、西澤先生のアビダンマ勉強会のノートを見直してます。

 

中部経典第135小業分別経で、スバ青年がお釈迦様に質問したのですね。

 

スバ青年の「優劣の違い」の問いがあります。

 

そのお答えに

生けるものたちは、業を自己として、業を相続者として、業を胎として、業を親族として、業を拠り所としています。業が生けるものたちの劣性と優性を区別しています。

 

 

あっ、先生の「業を自己として」の言葉があります、業自性はたぶんここから来た言葉なのですね。

 

でも、業の定義というよりも、業の性質をおしゃっているような気がします。

 

業の定義は、思と身口意の行為です。

 

 

で、業の性質として「業を相続者として」とあります。

 

相続というと財産という言葉が思い浮かびますけど、財産というと、お金持ちになる財産もありますけど、負債も財産になります。

 

物理的な財産は今世までで、来世に持っていうことはできませんけど、相続者としての業は来世でも続きます。

 

自分のやった行為は離れることなく「続く」ということです。

 

 

 

どうせなら、「悪い行為」を避けたほうがいいですね。

負債の相続なんて、やっぱりイヤです。

 

いつもワンパターンなオチで恐縮ですが

「五戒を守り、悪いことをしない」

これに尽きるなあ、と思っているところです。

 

 

やっと「業自性」にたどりつきました。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え