ジャータカのよもやま話

テーラワーダの在家仏教徒 身の回りのことを地味に書いてます。

111 煩悩が消えるということ 『一瞬で心を磨くブッダの教え』

引用

「覚った」とは煩悩が消えること、煩悩が消えることは、何かをしたいという気持ちが完全に消えることで、それは、たまたま何もしたくないこととは、ぜんぜん次元の違う話です。私たちが言う「何もしたくない」気持ちは、活発さがなくて暗くなって、うつ状態になっているだけです。それは何もしたくない状態どころか、徹底的な煩悩で、ただ煩悩がものすごく固まって「動きたくない、怠けていたい、逃げたい」という煩悩だけが支配的になっているのです。この状態の心は、軽やかで元気な心でいるときよりも、ものすごく激しいカルマを作っているのです。

そうではなく、物事の無常を理解して執着が消えると、「何かをしたい」とか「しないまま怠けていたい」という心の不満な状態が消えて、心が完全に満足します。完全に満足すると、何かをしなければという状態が起きずに、心が静止状態のまま流れ続けます。もう動きません。覚った人の、「何かをしなければ」という心が起きない状態は、完全に超越した状態です。我々の言う「やる気がない」とはまったく違います。

 私見です

 

覚りについてですね。

 

連想したのは「預流果」「預流道」ですね。

 

仏教徒の一番近い目標ですね。

 

 

下記の本

 

悟りの階梯―テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造

悟りの階梯―テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造

  • 作者:藤本 晃
  • 発売日: 2008/05/01
  • メディア: 単行本
 

 

これもサンガさんの本になります。

在庫限りかもしれません。

 

で、預流果だと三つの煩悩を断ち切ることができるのですね。

 

有身見

 

 

戒禁守

 

 

本では、1番の有身見がわかると、阿羅漢のように自我は完全になくなりませんけど・・。

 

我は無いってことがわかるのですね。

 

引用

無常を「体験」したので、心の奥底では、「『私』はいないのだ。一瞬ごとのエネルギーの流れが続いているだけなのだ」ときちんと納得しているのです。それだけでも、心は随分落ち着いています。激しい主張や激しい欲や怒りは、だいぶ減ります。我を張らずに、「まあいいか。どうせ無常なんだし、無我なんだから」と軽くスッと諦められるようになるのです。

 

うむ、これだけでも、預流果は、ものすごく大きな一歩です。

 

詳しくは藤本先生の本をお読みください。

 

 

 

せっかくだから、これを見ましょう。


預流道の特徴/預流果と五戒の関係/ウサギを逃した青年の後日談 #スマナサーラ長老 #ブッダの智慧で答えます #jtba #仏教

 

 

 

仏教徒には目指すべき目標があります、と教えてくれる本です。

 

一瞬で心を磨くブッダの教え

一瞬で心を磨くブッダの教え